Shiny Academy

プロローグ ─ 香川観光編コース

~第1話 社長の旧友と、香川の空の下で~

はじめに

ここから始まるのは、「香川観光編」——導入編の続きの物語です。

主人公の神谷悠馬は、地域密着型スーパー「まるやまマート」で、生成AIからWebマーケティングまでを学び、全社横断の「子育て家庭応援フェア」を成功させました。しかし、学んだ「型」がスーパーの外でも通用するのかは、まだ試したことがありません。

社長の旧友が香川で運営する観光NPO「せとうちマーレブル」。瀬戸内の魅力を伝えたいのに、情報発信の手段が追いつかない——その困りごとを聞いた神谷は、在籍出向という形で香川へ向かう決断をします。業界が変わっても、型は持ち運べるのか。小売の現場で身につけた思考の枠組みを、観光の現場で試す挑戦が始まります。


登場人物

神谷悠馬

神谷 悠馬(かみや ゆうま)

まるやまマート本部 店舗運営・販促担当 / 27歳
導入編で生成AI・IT基礎・DX・データサイエンス・Webマーケティングの「型」を学び、「子育て家庭応援フェア」を成功させた。社長の旧友が経営する香川の観光NPOへの在籍出向を提案され、型がスーパーの外でも通用するのかを試す決断をする。

西園寺遥

西園寺 遥(さいおんじ はるか)

ITコンサルタント / 30歳
神谷の大学時代の先輩で、導入編を通じて伴走してきたメンター。「困りごとから始める」「全部やろうとしないで1つに絞る」という原則を神谷に教えた人。香川編でもオンラインで伴走を続ける。

丸山祐介

丸山 祐介(まるやま ゆうすけ)

まるやまマート二代目社長 / 62歳
神谷を「外で揉まれた方が伸びる」と信じ、旧友の北村が経営する香川の観光NPOへの在籍出向を提案する。型を持っている人間は業界が変わっても通用する——その信念を胸に、神谷を送り出す。


前回のあらすじ

神谷悠馬(27歳)は、地域に根差したスーパー『まるやまマート』の社員。人文系の大学を出て入社したものの、ITやAIにはまったく縁がなかった。一年半ほど前、社長の丸山祐介から『うちの店でも生成AIやDXを活かせないか』と相談され、大学時代の先輩で外部ITコンサルタントの西園寺遥の力を借りながら、AI入門からWebマーケティング、データ活用まで、一つひとつ学んでいった。学んだ『型』——ペルソナ設計、カスタマージャーニー、スモールスタート、プロンプトの書き方、「数字で語り、感覚で確かめる」——を総動員して、全社横断の『子育て家庭応援フェア』を成功させた。

社長の旧友からの相談

社長室で丸山社長がOB会で再会した旧友からの相談について神谷に語りかけている

まるやまマートの丸山祐介社長。62歳。この地域密着型スーパーを育て上げた人で、ITには疎いが変化を受け入れる度量がある。フェアの成功から数ヶ月、初夏に差しかかったある日、神谷は社長室に呼ばれた。

丸山祐介の表情アイコン
丸山社長
神谷くん、ちょっといいかな。聞いてほしい話があるんだ
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
はい、何でしょうか
丸山祐介の表情アイコン
丸山社長
先月、大学のテニスサークルのOB会があってね。北村裕というやつに久しぶりに会ったんだ。卒業してから別々の道を歩んだが、再会したら昔のまんまでね。いきなり相談を持ちかけられたよ
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
OB会で再会されて、相談ですか

社長は懐かしそうに目を細めた。学生時代の北村は、いつも周りを巻き込むタイプだったらしい。テニスの試合で負けても「帰りにうまいもん食べに行こう」と仲間を引き連れる。負けた悔しさよりも、仲間と過ごす時間を大事にする人だった。そのエネルギーが今、瀬戸内の観光振興に注がれている。

丸山祐介の表情アイコン
丸山社長
北村は今、香川でNPO法人を経営しているんだ。『せとうちマーレブル』という団体で、瀬戸内の観光振興を手がけている。ところが、情報の発信が追いつかないらしくてね。新しい力を使って効果的に観光を伝えられないかと相談が来た
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
観光の情報発信ですか。具体的にはどんなことに困っているんでしょう
丸山祐介の表情アイコン
丸山社長
パンフレットとホームページはあるが、県外にはほとんど届いていないらしい。いい場所はたくさんあるのに、伝える手段が追いついていないんだそうだ

社長は少し間を置いて、真剣な目で神谷を見た。

丸山祐介の表情アイコン
丸山社長
神谷くん、子育て家庭応援フェアで全社を巻き込んでプロジェクトを回した経験があるだろう。もしよかったら君が行ってみないか。『在籍出向』——籍はうちに置いたまま、向こうの仕事をする形だ
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
在籍出向、ですか……

在籍出向とは、元の会社との労働契約を残したまま、出向先とも労働契約を結んで一定期間働く仕組みだ。近年は、企業が持つ人材を地域やNPOなどに送り出し、そのノウハウを社会課題の解決に活かす使い方も広がっている。元の会社に籍が残るため、社員はキャリアを断絶せずに新しい経験を積める。給与を出向元と出向先のどちらがどれだけ負担するかは、両社が結ぶ出向契約で決める。受け入れ先のNPOや自治体にとっては、専門人材の力を借りられる。双方にとってメリットのある仕組みだ。

在籍出向の仕組みを示す概念図:出向元企業と出向先組織の間で人材・ノウハウが行き来する関係図
丸山祐介の表情アイコン
丸山社長
無理にとは言わない。神谷くんの気持ち次第だ。ただ、私としては——外で揉まれた方が伸びると思っている
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
香川って……うどんが有名なのは知っていますけど、正直それくらいで……。僕が行って何ができるんでしょうか
丸山祐介の表情アイコン
丸山社長
北村は困っているが、何に困っているかを整理する相手がいないんだ。君は、この一年余りでそれをやってきただろう。まず行って、話を聞いてやってくれないか

型の棚卸し

社長室を出たあと、神谷は自分のデスクに戻り、この一年余りで学んだことを振り返った。ノートを開くと、西園寺との勉強会の記録がびっしりと並んでいる。

生成AIの基礎とプロンプトの書き方。Webマーケティングのペルソナ設計とカスタマージャーニー。DX入門のスモールスタートと、DX導入で学んだ全社横断の進め方。データ分析の基本——数字で語り、感覚で確かめること。どれも最初は「こんなことが自分にできるのか」と不安だったが、一つずつ使ってみるうちに自分のものになっていった。

導入編で学んだ6つの型を一覧にしたカード図解:ペルソナ設計、カスタマージャーニー、スモールスタート、プロンプトの書き方、データの読み方、困りごとから始める

ノートの最後のページに、西園寺がフェアの振り返りで言った言葉が書いてあった。「型があるから応用できる。応用したから型が磨かれる」——そのサイクルを、まだ一度しか回していない。観光の現場は、二周目を回す機会になるかもしれない。

西園寺への相談

その夜、神谷は自宅のデスクに向かい、西園寺にオンライン通話をかけた。大学の先輩で、外部のITコンサルタント。この一年余り、まるやまマートの学びに伴走してくれた人だ。デスクライトの暖かい光の中、ノートPCを開いた。

夜の自宅デスクで神谷がノートPCの画面越しに西園寺へ在籍出向の相談をしている
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
西園寺さん、実は社長から話がありまして……香川のNPOに在籍出向しないかと
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
それは面白い話ね。観光の現場で働いてみたいという気持ちがあるの?
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
興味はあるんですが、観光って僕に何ができるんでしょうか。まるやまマートでの一年余りで学んだことが、そのまま使えるとは思えなくて
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
覚えてる? 最初に話した2つの原則よ。ひとつは『困りごとから始める』こと、もうひとつは『全部やろうとしないで、1つに絞る』ことね。これはどの業界でも同じなの

西園寺の声は穏やかだったが、芯がある。この一年余り、いつもそうだった。不安を否定せず、でも原則に立ち戻らせてくれる。

神谷悠馬の表情アイコン
神谷
困りごとから始める……確かに、まるやまマートでもそうでした。社長の漠然とした相談を、一つずつ整理していくところから始まった
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
そうでしょう。まず行って、話を聞いて、困りごとを整理するところから始めましょう。型があるのは強みよ。業界が変わっても、型は持ち運べるの
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
でも、スーパーの型が観光で使えるかどうか——正直、自信がないです
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
使えるかどうかは、行ってみないと分からないわ。でもね、ペルソナ設計もカスタマージャーニーも、お客様の立場で考えるという原点は同じよ。ペルソナ設計はお客様を『たった一人』の具体的な人物像まで描いてみる型、カスタマージャーニーはその一人が知って、迷って、選んで、また来るまでの道のりを順番に並べてみる型なの。スーパーのお客様が旅行者に変わるだけ。型そのものは変わらないの
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
お客様が、旅行者に変わる……
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
焦らなくていいわ。行ってみて、見たことをそのまま言葉にしてくれれば、次が見えてくるはずよ。私もオンラインで伴走するから、一人で抱え込まなくて大丈夫だからね

決断と送り出し

翌朝、神谷は出社するとまっすぐ社長室に向かった。昨夜の西園寺との会話で、迷いが決意に変わっていた。ドアをノックする手に、少しだけ力がこもった。

神谷悠馬の表情アイコン
神谷
社長、香川の件ですが——行かせてください。僕の意思で行きたいと思います
丸山祐介の表情アイコン
丸山社長
そうか。……嬉しいよ、神谷くん

社長が一瞬、目を伏せた。嬉しさの中に、一年余り一緒にフェアを走りきった仲間を手放す寂しさが混じっているように見えた。窓から差し込む初夏の光が、デスクの湯のみに反射していた。

神谷悠馬の表情アイコン
神谷
正直、不安はあります。でも、西園寺さんと学んできた型が、スーパーの外でも通用するのか。試してみたいんです
丸山祐介の表情アイコン
丸山社長
型を持っている人間は、業界が変わっても通用する——私はそう信じている。外で揉まれた方が伸びる。行ってこい
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
ありがとうございます。まず向こうの方の話を聞いて、困っていることを整理するところから始めます
丸山祐介の表情アイコン
丸山社長
北村はな、不器用だが熱い男だ。きっと君の力が必要な場面が来る。それまでは、焦らず耳を傾けてやってくれ

社長がデスクの引き出しから封筒を取り出した。OB会の帰り際に北村が手渡してくれたものだという。中には瀬戸内の写真と、手書きのメモが入っていた。「この海の良さを、もっと多くの人に知ってほしい」——北村の字は丁寧で、一文字ずつに想いが込められていた。


📌 覚えるポイント

  • 在籍出向なら、元の会社に籍を残したまま別の組織で働ける。キャリアを断ち切らずに異業種の現場へ出られるので、企業の人材を地域やNPOに送り出し、そのノウハウを社会課題の解決に活かす使い方も広がっている
  • 新しいプロジェクトの第一歩は、相手の困りごとを正しく理解すること。全部やろうとしないで、まず1つに絞る
  • ペルソナ設計やカスタマージャーニーなどの型は、業界が変わっても基本構造が同じ。お客様の立場で考えるという原点が変わらないなら、型は業界をまたいで持ち運べる——まずはそう仮説を立て、現場で確かめるところから始める

📖 覚える用語

在籍出向
元の会社に在籍したまま、別の組織で一定期間働く仕組み。近年は企業が持つ人材やノウハウを、地域課題やNPO支援に活かす「社会貢献出向」としても注目されている。出向元に籍と給与が残り、キャリアを断絶せずに新しい経験を積める。
型(フレームワーク)
特定の課題に取り組むための思考の枠組み。ペルソナ設計やカスタマージャーニーなど、問題を整理し解決策を導くための構造化された考え方。業界が変わっても基本構造は共通で、応用するたびに理解が深まる。
NPO法人
Non-Profit Organization(非営利組織)の略。利益の分配を目的とせず、社会課題の解決や公益のために活動する団体。観光振興、まちづくり、福祉など幅広い分野で活動している。
📝 神谷の社長報告メモ
今日の出来事
社長の旧友・北村裕が香川で経営するNPO「せとうちマーレブル」から相談。瀬戸内の観光情報発信が追いつかず、新しい力を求めている。在籍出向の打診を受けた。
引き受けるかの判断
在籍出向の条件(籍はまるやまマートに残したまま、出向先とも労働契約を結ぶ。給与の負担割合は両社が結ぶ出向契約で定める)を確認したうえで、引き受けることにした。西園寺さんにも相談し、「困りごとから始める」「全部やろうとしないで1つに絞る」はどの業界でも同じだと背中を押されたことが決め手。
出発前の心構え
香川については「うどんが有名」という程度の知識しかない。分かったつもりで判断しないことを、出発前の前提として置いておく。現地で見聞きしたことには解釈を加えず、そのまま記録に残す。
次にやること
香川に行き、せとうちマーレブルの北村さんに会い、困りごとを聞くところから始める。焦らず耳を傾け、話を整理することを最優先にする。

まとめ

「型を持っている人間は、業界が変わっても通用する」——社長の言葉を胸に、神谷は瀬戸内の海を渡る決断をした。ペルソナ設計もカスタマージャーニーも、お客様の立場で考えるという原点は同じ。スーパーで学んだ型は、観光の現場でも力になるだろうか。まず行って、話を聞いて、困りごとを整理する。すべてはそこから始まる。