Shiny Academy

モニターツアー実施コース

~第3話 さぬきビートと、子どもの笑い声~

前回のあらすじ

12組の家族とともにモニターツアー(お客さんに実際に体験してもらうお試しツアー)が始まった。初冬の金曜夜に神戸港からジャンボフェリーで出航し、船そのものにはしゃぐ子どもたちの姿を通じて、運営する側にとっての「移動時間」が参加者にとっては「体験そのもの」であることに気づいた。移動や待ち時間をコンテンツとして捉える視点を得た一行は、翌朝、高松東港に到着した。

工房到着──6人の壁

さぬき体験工房の入口に到着した12組の家族を藤原が迎える場面

高松東港に着いたのは、まだ夜明け前だった。バスで高松市内へ移動して宿に荷物を預け、午前は休憩と自由行動に充てた。改めて集合してさぬき体験工房に着いたのは昼前だった。元製麺所を改装した小さな工房で、入口のガラス引き戸の上に木の看板がかかっている。白い暖簾が初冬の風に揺れるその前に、12組の家族が集まっていた。子どもたちが暖簾の隙間から中を覗き込み、ステンレスの作業台や天井から下がる黒いペンダントライトを指さしている。

工房の店主、藤原耕介が入口で一行を迎えた。北村と同じ百貨店の同期で、うどん職人の道を選んだ62歳。白い割烹着に手ぬぐいを肩にかけ、大きな手で子どもたちに手を振っている。

藤原耕介の表情アイコン
藤原
よく来たな。今日は全員で踏んでもらうからな。……ただ、うちは小さい工房だから、足踏みできるのは一度に6人までだ
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
6人……。12組いらっしゃるから、全員が踏み終わるまでに待ち時間が出てしまいますね

神谷は工房の中を見渡した。モルタルの床の足踏みスペースには、カラフルなテープで立ち位置がマーキングされている。6人分。それがこの工房の受入キャパだった。12組の家族を一度に受け入れることはできない。

宮本彩の表情アイコン
宮本
藤原さん、待っている間に、奥の茹で釜を見せてもらうことはできますか?
藤原耕介の表情アイコン
藤原
茹で釜? ああ、いいよ。湯気が上がってるところを見てもらえるなら、俺も嬉しいけどな
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
一度に踏めるのが6人という制約は変えられませんが、回し方は変えられます。12組を6組ずつのA班・B班に分けて、足踏み側は各組から1人ずつ、6人が組の中で交代しながら踏む形にしましょう。A班が踏んでいる間、B班は藤原さんの茹で釜見学。途中で入れ替われば、全員が両方体験できます

北村が腕を組んで頷いた。6人という制約は変えられない。だが、制約を前提にして全体の流れを設計すれば、待ち時間は「空白」ではなく「別の体験」になる。受入キャパから逆算して、参加者全体の動き方を組み立てる。宮本が見つけてきた茹で釜を、神谷が運営の流れに組み込んだ形だった。

北村裕の表情アイコン
北村
なるほど……。待っている間も楽しんでもらえるなら、それが一番いいな
2班交代制の運営設計フロー図

さぬきビート──踏み始めたら止まらない

さぬきビートで踊りながらうどん生地を足踏みする子どもたちと手拍子をとる藤原

A班の6組が足踏みスペースに入り、まず各組から1人ずつ、6人が生地の前に並んだ。B班は奥の茹で釜見学へ。さぬきビートは、動画制作のときに企画した体験プログラムだ。ポップスのBGMに合わせて、生地の上で踊りながら足踏みする。子どもが退屈しないようにと藤原が音楽をかけ始めたのが原型だった。本人にとっては手癖にすぎなかったが、踊りながら踏む子どもたちの姿が体験プログラムの形になった。

藤原が子どもたちの前に立ち、手拍子でリズムを取り始めた。

藤原耕介の表情アイコン
藤原
最初はみんな恥ずかしがるけどな。踏み始めたら止まらない。いいか、はい、踏んで。もう一回。そう、そのリズム

天井のスピーカーから、動画制作のときにSunoで生成した専用BGMが流れ出した。壁のリズムモニターに波形が踊る。子どもたちの足が、ビニールシートに包まれた白い生地の上でリズムを刻み始めた。最初はおずおずと、やがて体を揺らしながら。生地が足踏みのたびにゆっくりと伸びていく。

初冬の工房は底冷えしていたが、踏んでいるうちに全員の頬が赤くなった。子どもたちが「もう一回!」と声を上げる。藤原が目を細めて手拍子を続ける。その間、B班の子どもたちは奥の茹で釜の前で湯気に目を丸くしていた。藤原が「この湯気だけでな、うどんの香りがするだろ」と声をかけると、子どもたちが釜を覗き込もうと背伸びする。待ち時間ではなく、別の体験が進んでいた。

交代の時間が来て、A班とB班が入れ替わった。今度はB班の子どもたちが足踏みスペースに入る。保護者たちも自然に巻き込まれ、工房全体がひとつのリズムに包まれた。鉄骨梁がわずかに共鳴するほどの足踏みだった。

神谷悠馬の表情アイコン
神谷
ペルソナ(たった一人の理想のお客様像)カードには「飽きない体験」と書きましたけど、「飽きない」どころか、やめさせるのが大変です
藤原耕介の表情アイコン
藤原
だろ? 子どもは正直だからな。楽しかったら止まらないし、つまらなかったら一秒で帰る

自分で打ったうどん──現場の映像が勝つ

自分で打ったうどんを食べる参加者たちと、テーブルの間を回る藤原

足踏みと茹で釜見学の交代を終え、自分で打ったうどんを食べる昼食の時間になった。試食スペースは16席しかない。席が空いた組から順に入れ替わりで座り、待つ側は工房の前で修了証の記念撮影をした。古材のテーブルに並んだ白い丼から、湯気が立ち上る。

子どもが丼を両手で持ち上げ、「自分で作ったうどん、おいしい!」と声を上げた。隣では別の子どもが修了証を手に記念撮影をねだっている。保護者がスマートフォンを構え、子どもと修了証を一緒に撮っている。藤原が照れたように視線を外しながら、テーブルの間を回ってすだちを配っていた。「まあ、俺が教えたっていうより、みんなが楽しんでくれただけだけどな」と小さく呟いた。

神谷はスマートフォンで撮った映像を見返した。足踏みで汗だくの子どもの後ろ姿、藤原が手拍子をとるぶっきらぼうな笑顔、生地がビニールシートの中で伸びていく瞬間。どれも、自分たちがAIの台本をもとに撮影計画を立てて制作した動画のどのカットよりも「生きている」と感じた。台本には書けない声や表情が、そこにあった。

投稿したくなる体験──UGCの芽

体験を終えた参加者たちが、工房の出入口付近に集まっている。子どもたちが修了証を見せ合い、保護者同士が連絡先を交換している。ふと宮本が自分のスマートフォンの画面を神谷に見せた。

宮本彩の表情アイコン
宮本
神谷さん、見てください。もう何組かの方が投稿してます

宮本のスマートフォンには、SNSの投稿が並んでいた。修了証を持った子どもの写真、足踏みの動画、うどんの丼の写真。どれも参加者が自分のスマートフォンで撮り、自分の言葉でコメントを添えたものだ。「子どもが大興奮」「自分で打ったうどんが世界一おいしい」「また来たい」誰に頼まれたわけでもなく、体験したことを自分から発信している。

神谷悠馬の表情アイコン
神谷
僕たちが公式の動画を作らなくても、体験した人が自分の言葉で発信してくれている。UGC——お客さん自身がSNSに投稿してくれるコンテンツです。狙って作れるものじゃないですね
宮本彩の表情アイコン
宮本
こうやって実際に起きているのを見るのは初めてです。まだ工房を出てもいないのに、もう投稿してるんですね

北村が二人の横に来て、宮本のスマートフォンの画面を覗き込んだ。一つひとつの投稿を読みながら、目を細めている。

北村裕の表情アイコン
北村
……公式の動画より、この人たちの投稿の方が「本当のこと」が伝わるかもしれんな

北村の言葉に、神谷は頷いた。公式の動画は、この体験に来るきっかけを作った。でも、参加者自身が投稿する写真や動画には、主催者には作れない説得力がある。体験者本人の言葉で語られるからだ。ただし、UGCが自然に生まれるためには、そもそも「投稿したくなるほどの体験」が前提にある。「投稿してください」とお願いするのではなく、体験そのものの力で「撮りたい」「伝えたい」と思ってもらえるかどうか。さぬきビートには、その力があった。

公式コンテンツとUGCの違いと関係を示す概念図

📌 覚えるポイント

  • 施設の受入人数から、参加者全体の動き方を逆算して組む。待ち時間を「空白」にせず別のコンテンツで埋めれば、体験全体の価値が上がる
  • AIが出した原案を現場の知識で直して撮った動画より、現場でたまたま撮れた「生きている」映像のほうが人を動かすことがある。計画は出発点であって、現場の真実はその先にある
  • 同じ内容でも、主催者の投稿より参加者の投稿のほうが信じてもらえる。UGCの強さは、体験した本人が自分の言葉と視点で語っているという一点にある
  • 撮影の同意は当日その場ではなく、申込時に仕組みとして組み込んでおく。事前に設計しておけば、現場での混乱も、映り込みへの対応も落ち着いて処理できる
  • 前話で「移動や待ち時間もコンテンツにできる」と学んだことが、自分たちの運営設計に返ってきた。茹で釜の見学は待ち時間ではなく、体験そのものだった
  • SNS投稿を促す仕組みより先に、参加者が「撮りたい」「伝えたい」と思える体験そのものを設計する。投稿したくなる体験がなければ、UGCは生まれない

📖 覚える用語

UGC(ユーザー生成コンテンツ)
参加者や利用者が自発的に作成・投稿するコンテンツ。主催者が作る公式コンテンツとは異なり、体験者自身の言葉と視点で語られるため信頼性と共感性が高い。
📝 神谷の北村さんへの報告メモ
受入キャパと運営設計
工房の足踏みスペースに一度に立てるのは6人まで。12組を6組ずつのA班・B班に分け、足踏み側は各組から1人ずつ計6人が生地の前に立ち、組の中で交代しながら全員が踏む形にしました。待機している班は茹で釜見学に充てることで、待ち時間自体を体験コンテンツに変えています
現場の映像の価値
スマートフォンで撮った現場映像が、制作動画にはない説得力を持っていました。子どもの笑い声、リズムのずれ、藤原さんの表情など、計画では生まれない瞬間が撮れています
UGCの発生と撮影同意
参加者が体験後にその場でSNSに投稿を開始。申込時の撮影同意を、同行者全員を対象とする形で12組から取得済みのため、映り込みへの対応も問題ありませんでした

まとめ

計画は出発点にすぎない。現場には計画を超える瞬間がある。参加者が自分の言葉で体験を語り始めたとき、その発信は主催者には作れない信頼性を持つ。UGCが生まれる前提は、投稿したくなるほどの体験そのものにある。