Shiny Academy

モニターツアー実施コース

~第2話 ジャンボフェリー、夜の出航~

前回のあらすじ

SNSの投稿を見てくれた人が予約ページにたどり着けていない問題に取り組んだ。プロフィールのリンク先を旅行会社のトップページからツアー詳細への直リンクに変更し、投稿にCTA(「ここを押してね」という誘導文)「プロフィールのリンクからツアー詳細へ」を明示。動画制作コースでペルソナ(たった一人の理想のお客様像)の生活動線から逆算して決めていた金曜の夜という投稿枠はそのままに、その枠に流す投稿コピー(宣伝の言葉)を「金曜の夜、子どもを寝かせたままフェリーに乗れば、朝にはうどん県」に刷新した。さらに、撮影同意のチェック項目を申込フォームに事前追加し、当日の混乱を仕組みで防ぐ体制を整えた。週明け、予約が動き始めた。

神戸港の夜──12組との合流

晩秋の深夜の神戸港フェリーターミナル2階ロビーで、神谷と宮本が受付をし、北村が家族を出迎えている場面

導線の改善、CTAの追加、投稿コピー(宣伝の言葉)の刷新。一晩で整えた届けるための仕組みが動き始め、12組の家族がモニターツアー(お客さんに実際に体験してもらうお試しツアー)に申し込んでくれた。いよいよ当日を迎える。

初冬の金曜夜。神戸港のフェリーターミナルに、12組の家族が集まってくる。連絡バスが到着するたびに、上着やジャケットを着込んだ親子連れがロビーに入ってくる。2階の待合ロビーは深夜にもかかわらず明るく灯っていた。大きな窓の向こうには、車両エプロンを挟んで白いフェリーが接岸している。

神谷と宮本が受付テーブルの前に立ち、参加者名簿と照らし合わせながら一組ずつ確認していく。その横で、北村が到着した家族に声をかけている。

北村裕の表情アイコン
北村
よう来てくれました。今日はよろしくお願いしますね。寒かったでしょう、中は暖かいですから

北村が一組ずつ丁寧に声をかける姿を見ながら、神谷は思った。この人は、画面の中の数字には戸惑うことが多いけれど、人を迎える力は誰よりも強い。12組の家族が安心してロビーに入ってこられるのは、北村のこの温かさがあるからだ。

受付を済ませた家族がロビーのベンチに座り、窓の向こうの船を眺めたり、子どもと一緒に窓に張り付いたりしている。深夜なのに、ロビーには不思議な高揚感が漂っていた。家族旅行が、いつもとは違う場所から始まることの特別さ。日常の延長ではなく、非日常への入口に立っている感覚だ。

子どもたちが待合ロビーの大きな窓に駆け寄った。窓越しに、暗い車両エプロンの向こうで白い船体が照明に浮かび上がっている。

「船に乗るの?」「あの船? あんなに大きいの?」子どもたちの声がロビーに響く。親たちもスマートフォンを取り出し、窓越しにフェリーの写真を撮り始めた。まだツアーのプログラムは何も始まっていない。それなのに、参加者たちはすでに楽しんでいる。

宮本彩の表情アイコン
宮本
子どもたちが船そのものにこんなに喜ぶなんて、正直想定していませんでした
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
僕たちにとっては、神戸港から高松東港への移動手段でしかなかったですからね
宮本彩の表情アイコン
宮本
移動なのに、もうイベントになってますよね

運営する側にとって、フェリーは目的地への移動手段だった。出発地と到着地をつなぐ「必要な時間」にすぎない。しかし参加者にとっては違った。大きな船に乗ること自体がイベントだった。ロビーの窓越しに白い船体を見上げる子どもたちの歓声が、それを証明していた。提供する側と利用する側で、同じ時間をまったく違う意味で受け取っている。この視点のずれに、神谷たちはまだ名前をつけられずにいた。

明石海峡大橋の下をくぐる

深夜のフェリーデッキから見た明石海峡大橋のライトアップ。手すり沿いに家族のシルエットが橋を見上げている

フェリーが神戸港を出航した。深夜の瀬戸内海を船が静かに滑り出す。デッキに出ると、冷たい海風が頬を打った。コートの襟を立てても、風は容赦なく入り込んでくる。初冬の夜の海は暗く、遠くに街の灯りがぼんやりと見えるだけだ。エンジンの低い振動が足元から伝わり、船が確かに動いていることを教えてくれる。

しばらくすると、デッキに出た家族連れの間からどよめきが上がった。前方に、明石海峡大橋が見えてきた。ライトアップの時間はとうに過ぎている。それでも橋げたに連なる道路灯が一本の光の線になって夜空に弧を描き、主塔の頂で赤い航空障害灯がゆっくりと点滅していた。その光が、黒い海面にゆらめいている。

子どもたちが手すりにつかまって橋を見上げている。ウッドデッキの上に、12組の家族が思い思いに広がっていた。手すりにつかまる子ども、デッキチェアに座ったまま空を見上げる親、スマートフォンのカメラを夜空に向ける人。暗い海の上で、橋の道路灯だけが夜空に線を引いている。その静かな美しさに、大人たちも言葉を失っていた。

北村裕の表情アイコン
北村
ほら、あの橋の下を通るんですよ。もうすぐだ

北村の声に、子どもたちが歓声を上げた。橋が頭上に迫る。道路灯の帯が真上を通過していく。親たちがスマートフォンを掲げ、何度もシャッターを切っていた。初冬のデッキは海風が冷たい。それでも、誰も船室に戻ろうとしなかった。

橋を通り過ぎたあとも、デッキに人が残っていた。子どもを肩車した父親が、遠ざかる橋の光を指さして何か話しかけている。海風に吹かれながら夜の瀬戸内海を見つめる家族の横顔が、あちこちにあった。「寒くないの?」と声をかける母親に、子どもが「もうちょっと!」と答える。船は暗い海をゆっくりと進んでいた。

深夜に明石海峡大橋の下をくぐる時間は、ツアーのプログラムとして設計したものではない。フェリーの航路上にたまたまある橋を、夜に通過するだけだ。それが、参加者にとってはツアーで最初に歓声が上がった瞬間になった。移動時間が、そのまま体験のピークになっている。

宮本彩の表情アイコン
宮本
神谷さん、これ、計画に入れてませんでしたよね
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
入れてません。でも、この瞬間が今日一番の歓声です

朝のぴっぴ

翌朝の船内うどん売店で、売店のおばちゃんがカウンター越しに子どもたちに湯気の立つうどんを差し出している場面

翌朝。といっても、まだ日の出まで一時間以上ある。高松東港への到着を前に、船内のうどん売店が開いた。カウンターの向こうで、売店のおばちゃんが湯気の立つ丼を準備している。窓の外の瀬戸内海はまだ夜の色で、遠くに高松の街明かりが点々とにじんでいた。売店の灯りが、カウンターのステンレスに淡く映っている。

駆け寄ってきた子どもたちに、売店のおばちゃんが声をかけた。「朝のぴっぴは格別やけんね。よう食べよ」

子どもが首をかしげる。「ぴっぴ?」

「うどんのことよ」おばちゃんが笑った。

「朝からうどん!?」子どもが目を輝かせた。隣にいた別の子どもも「朝からうどん食べていいの!?」と声を上げる。売店のカウンター前に、小さな行列ができ始めた。

おばちゃんが丼を差し出しながら、子どもたちに声をかけた。「出汁もぜんぶ飲みよ。ぴっぴは出汁が命やけんね」子どもが真剣な顔で頷いて、丼を両手で持ち上げた。

丼を受け取った子どもが、うどんを一口すすって叫んだ。「おいしい!」その声を聞いて、まだ並んでいた家族が笑い出した。船の上で食べるうどんは、陸で食べるのとは何かが違う。揺れる船体、窓の外の海、湯気の向こうに広がる夜明け前の暗い海。すべてが味の一部になっている。

親たちもカウンターに並び始めた。おばちゃんが一人ひとりに声をかけながら丼を渡していく。「はい、出汁熱いけん、気をつけてな」手際よく丼を準備しながらも、おばちゃんの声は穏やかだった。船内灯の光が湯気を白く縁取っている。矩形窓の外の瀬戸内海はまだ暗いが、近づいてくる港の灯りが昨夜の沖合とは違う顔を見せていた。

神谷は少し離れたところから、そのやり取りを見ていた。「ぴっぴ」という言葉を、この同じ売店で初めて聞いたのは自分だった。あのとき、意味がわからず戸惑った。今は、子どもたちの反応を見ながら自然に微笑んでいる。同じ言葉を聞いているのに、受け取り方がまるで変わっている。

「香川では普通なんですよ」

提供者目線と利用者目線のギャップを示す概念図。移動・待ち時間・朝食に対する見方の違いを左右に対比

宮本が少し誇らしげに、うどんを食べている参加者に話しかけた。

宮本彩の表情アイコン
宮本
香川では普通なんですよ。私も小さい頃、おばあちゃんに連れられて朝から製麺所に並んでました

参加者の親が驚いた表情で聞き返す。「朝からうどん屋に並ぶのが普通なんですか?」

宮本彩の表情アイコン
宮本
はい。うちのおばあちゃんは「朝は麺屋」って決めてました

宮本の表情には、地元への誇りが滲んでいた。香川で生まれ育った自分が「普通」だと思っていたことを、外から来た人が驚いてくれる。それが、宮本にとっても新しい発見だった。自分の「当たり前」の中に、まだ気づいていない価値が埋まっているかもしれない。大学の観光学部で学んだ教科書の中の概念が、目の前の家族の笑顔で初めて腑に落ちた瞬間だった。

北村も自然に加わった。「うちら子どもの頃は『朝はぴっぴ』が当たり前だったんですよ。寒い朝に温かいのをすすると、今日も頑張ろうって気持ちになるんです」地元の話になると、北村の言葉に熱がこもる。

「へえ、『ぴっぴ』っていうんですか。うちの子もさっき売店で聞いて大喜びでした」参加者の親が笑った。子どもが隣で「ぴっぴ! ぴっぴ!」と繰り返している。

地元の人にとっての「当たり前」が、外から来た人にとっては驚きのコンテンツ(人に届ける中身)になっている。朝からうどんを食べる文化は、どのガイドブックにも書いてある情報だ。しかし、船の上で湯気の立つ丼を前にして、地元で育った人から直接聞く話は、文字で読む情報とはまったく重みが違う。

夜のフェリー乗船、深夜に明石海峡大橋の下をくぐる瞬間、朝のうどん。どれもツアーの「本番」として設計したものではない。移動の途中で起きたことだ。しかし参加者にとっては、それが最も印象に残る体験になっている。

体験を通じてお客さんが感じ取る価値を「体験価値(たいけんかち)」と呼ぶ。観光では、移動や待ち時間も含めたプロセス(始まりから終わりまでの流れ)全体が、その価値を生んでいる。提供する側が「ただの移動」「ただの食事」と思っている時間を、利用する側は「体験」として受け取っている。このギャップに気づけるかどうかが、ツアーの設計を変える。

好きになった街に、人が来てくれる

予想外のコンテンツの発見を示す概念図。計画したコンテンツと当日発見されたコンテンツの対比

子どもたちが「おいしい!」と声を上げながらうどんをすすっている。窓の外にはまだ暗い瀬戸内海と、近づいてくる港の灯りが見えている。高松東港への到着が近づいていた。

宮本彩の表情アイコン
宮本
香川では普通のことが、こんなに喜んでもらえるなんて思いませんでした。もっと「普通のこと」を探さないと
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
宮本さんの「普通」が、この人たちにとっての「特別」になっているんですね

宮本が小さく頷いた。窓の外で、夜明け前の空と海の境界がぼんやりとにじんでいる。

神谷はうどんをすする子どもたちの笑顔を見ていた。この12組の家族は、自分たちが作った動画やSNSの投稿を見て、このフェリーに乗ることを決めた人たちだ。画面の中で作っていたものが、現実の人を動かした。

香川のことをほとんど何も知らなかった自分が、今は12組の家族をこの船に迎えている。制作した小冊子を読み、動画を見た人たちが、自分の意思でここに来てくれた。画面の中で「金曜の夜、子どもを寝かせたままフェリーに乗れば、朝にはうどん県」と書いたあの一行が、目の前の家族をこの船に乗せた。デジタルの世界で作ったものが、現実の人の決断を動かしている。その手触りは、想像していたものとはまったく違った。

船が高松東港に向かって速度を落としている。窓の外に、港の輪郭が少しずつ見え始めた。ツアーの本番はここから始まる。


📌 覚えるポイント

  • 移動時間は「コスト」ではなく「体験」として設計できる。フェリーに乗ること自体が、子どもたちにとってはイベントになる。移動手段を体験の一部として位置づけることで、ツアー全体の満足度が上がる
  • 提供者目線と利用者目線にはギャップがある。運営側が「ただの移動」と思っている時間を、参加者は「体験」として受け取っている。自分の当たり前を疑い、利用者の目で見直す姿勢が大切になる
  • 地元の「当たり前」は、外から来た人にとってのコンテンツになる。ガイドブックの情報と、現場で地元の人から直接聞く話では、情報の重みがまったく違う
  • 予想外の体験は、計画から外れたところに生まれる。明石海峡大橋の真下をくぐる瞬間や朝うどんの驚きは、プログラムとして設計したものではない。計画と偶然の両方を受け入れる余白が体験を豊かにする
  • 「移動」「待ち時間」と呼んでいる時間にも、お客さんは価値を感じ取っている。予算をかけずに満足度を上げられる余地は、たいていその時間の中にある
  • 「作ったものが人を動かした」という実感が、次の行動の原動力になる。自分たちの制作物を見てフェリーに乗ることを決めてくれた人がいる。その手応えが、制作者としての責任感と喜びを育てる

📖 覚える用語

体験価値(たいけんかち)
移動や待ち時間を含む「プロセス全体」が生む価値。提供者目線と利用者目線でギャップがあり、利用者の目で見直すことで新たなコンテンツが見つかる。
📝 神谷の北村さんへの報告メモ
フェリー移動時間の体験価値
フェリーの移動時間が参加者にとっての体験になっていました。乗船時の子どもたちの興奮、深夜に明石海峡大橋の下をくぐる体験、朝うどんの驚きの3つが特に反応が大きかったです
計画外の体験コンテンツの発見
「朝からうどん」という地元の当たり前が、参加者にとっては最も新鮮な驚きでした。計画していなかったコンテンツが最も印象に残る場面になっています
移動設計の見直し
「移動=コスト」という前提を見直す必要があります。今後のツアーでは、移動時間も体験として設計に組み込む視点を取り入れたいと考えています

まとめ

移動も食事も、プログラムの外にある時間すべてが体験になりうる。提供者の「当たり前」を利用者の目で見直したとき、新しい価値が見つかる。大切なのは、自分の視点を一度脇に置くことだ。