Shiny Academy

モニターツアー実施コース

~第6話 12組の家族が、せとうちマーレブルの最初の実績になった~

前回のあらすじ

モニターツアー2日目の帰路フェリーでアンケートを実施し、動画(SNS)経由9組・小冊子経由3組というチャネル別効果を確認した。参加者がSNSへの投稿を始め、UGC(お客さん自身が作って発信する写真・動画・口コミなどのコンテンツ)の循環が動き出した。同じうどんの味が行きと帰りで違ったのは、体験を経た神谷自身が変わったからだった。

ツアー2週間後のオフィス──データを並べる

せとうちマーレブルのオフィスで神谷がホワイトボードにデータを書き出し、北村と宮本が見守る場面

ツアーから2週間が経った。せとうちマーレブルのオフィスに神谷・宮本・北村が集まり、西園寺がノートPCの画面越しにオンラインで参加している。オーク調の会議テーブルの上にはアンケートの集計シート、SNSの分析画面をプリントしたA4用紙、小冊子のQRコードスキャンデータが広げられていた。

2週間前の船内で集めたデータが、紙の形でテーブルに並んでいる。アンケートの自由回答欄には参加者の筆跡が残っていた。「さぬきビート——ポップスBGMに合わせて生地の上で踊りながら足踏みするうどん体験——が最高でした」「子どもが帰ってからもうどんの歌を歌っている」数字だけでは伝わらない温度が、そこにあった。

神谷はホワイトボードの前に立ち、赤いマーカーでチャネル(お客さんが来てくれた経路)別の数字を書き出し始めた。まず小冊子のQRスキャン数。フェリーターミナルの設置分と体験工房の設置分を分けて書くと、フェリー設置分が最も多い。次に動画の再生数。さぬきビートの動画再生数が突出している。最後にSNSのプロフィール経由で旅行会社のツアーページに流れた送客数。ツアーページへの総アクセスのうち、この経路が15%を占めていた。

宮本彩の表情アイコン
宮本
参加者のきっかけを整理しました。小冊子を見て申し込んだ方が3組、動画やSNSがきっかけだった方が9組です
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
3対9か。同じツアーなのに、チャネルによってこれだけ差が出るんですね

ホワイトボードに並んだ数字を、4人で眺めた。小冊子のQRスキャン数、動画の再生数、そして動画からの送客を測るSNSのプロフィールクリック数。紙の小冊子とデジタルの動画、この2つの媒体が12組の家族をフェリーに乗せ、うどんを踏ませ、瀬戸内の夕日を見せた——その全体像だった。2週間前の船上で感じた手応えが、いま数字の裏づけを得ようとしている。

ペルソナを実データで確かめる──設計の精度と範囲外の発見

ペルソナ検証図:林田家の属性と実データの照合結果を緑(一致)とオレンジ(範囲外)で対比
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
ここでペルソナの検証をしましょう。参加者の属性を、ペルソナカードの林田家——阪神間に住む30代の子育て家庭を想定した理想のターゲット像ね——と照合していくの

神谷がアンケートの属性データをホワイトボードに追記した。居住地域は兵庫県が8組、大阪府が3組、京都府が1組。全12組が近畿圏の家族連れだった。ペルソナの地域属性と家族構成は、ほぼ正しかったことになる。神谷たちがペルソナを設計したとき、「阪神間の30代子育て家庭」に絞り込んだ。ターゲットを広く取りたい誘惑を抑えて、具体的な1家族の像に集中した。あの判断が間違っていなかったことを、いま12組の実データが示している。

神谷悠馬の表情アイコン
神谷
地域も家族構成も、林田家のペルソナとほぼ一致しています。ただ、参加した12組の外側に、ひとつ想定外の反応がありました。この2週間にSNSのDMで届いた問い合わせ20件のうち3件が海外からです。件数は少ないですが、ペルソナの範囲には入っていなかった層です
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
北村さんも現場で感じてこられたかもしれませんが、設計が正しかったところと、設計の外側にあった需要の両方が見えますね。ペルソナは作って終わりではなく、実際に来てくださった方のデータで確かめ直すものなんです。次のルートではセカンダリーペルソナ(2番目に大切な理想のお客様像)としてインバウンド(海外から来てくれるお客さん)層を追加するかどうか、検討する材料になるでしょう

しかしペルソナの枠に入らなかった需要もあった。問い合わせ20件のうち3件という海外からの反応は、想定していなかったものだ。設計の精度と限界の両方を同時に確認できること。それが、実データでペルソナを検証する意味だった。正しかった部分は次のルートでも踏襲し、範囲外だった部分は新しいペルソナの候補として記録しておく。データは「答え」を出して終わるのではなく、「次の問い」を生んでいる。

クロスメディア分析──2つの媒体の貢献

チャネル別効果比較:小冊子経由3組と動画・SNS経由9組の棒グラフ対比にUGC投稿8組を付記
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
「数字で語り、感覚で確かめる」——2つの媒体がそれぞれ違う経路で集客に貢献しているのが見えるでしょう? これをクロスメディア分析(複数の媒体の効果を横断的に測定・比較すること)と呼びます

西園寺が画面共有で、小冊子と動画の役割を整理した。小冊子はフェリーターミナルと体験工房に設置されている。手に取った人がQRコードを読み込み、せとうちマーレブルの情報ページを経て、旅行会社のツアーページにたどり着く。紙に刷ったQRコードの行き先は後から変えられないので、いったん自分たちのページで受けて、その先のリンクを差し替えられるようにしてある。つまり小冊子は「すでに香川を意識している人」に届く媒体だ。一方、動画はSNSを通じてペルソナの日常に直接届く。プロフィールリンクからツアーページへの導線が動く。動画は「まだ香川を知らない人」にタイムラインで出会ってもらう媒体だった。同じ「旅行会社のツアーページに送客する」というゴールに対して、小冊子は自分たちの情報ページを経由し、動画はプロフィールのリンクから直接向かう——認知の入り口が異なる道から人を運んでいた。

西園寺遥の表情アイコン
西園寺
ここで大事なのは、母数12組では断言はできないということです。でも傾向は見えますね。動画経由が9組に対して、小冊子経由が3組でした。この差は偶然では片づけにくいでしょう
宮本彩の表情アイコン
宮本
#さぬきビート をつけて投稿してくれた家族が8組もいました。さぬきビートのTikTokは海外でのバズの余波で今も再生されていて、コメント欄に新しい反応が続いています
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
僕たちが作ったコンテンツと、参加者が作ったコンテンツの両方が動いています。制作者のコンテンツは内容を計画できますが、参加者の投稿には体験者自身の声という信頼性があります。この2つが同時に回っている状態は、1つの媒体だけでは作れません

2つの媒体がそれぞれ違う経路で人を運び、そこに参加者自身のSNS投稿が加わった。制作者が計画できるコンテンツと、体験者が自発的に生み出すコンテンツでは、読み手にとっての信頼の性質が異なる。この2種類が同時に存在し、互いを補い合っている状態。それが1ルートの限られた予算で実現できたことの意味は大きかった。

県からの連絡──小さな成功が次の扉を開く

電話を終えた北村が携帯を握りしめ、宮本が驚いて立ち上がりかけるオフィスの場面

クロスメディア分析の整理がひと区切りつき、宮本がお茶を入れ直していた。テーブルの上に集計シートとプリントが広がったままの静かな午前だった。そのとき、北村の携帯が鳴った。北村がテーブルを離れ、窓際で電話を受けた。短いやり取りだった。電話を切った北村が、少し震える声で言った。

北村裕の表情アイコン
北村
県の……観光振興の担当の方から、連絡があった。フェリーで渡って体験までつなげたのが面白いし、海外にも……あの動画を投稿するやつで届いているのが素晴らしいと。一度お話を聞かせてほしいと言ってくれた

宮本が椅子から立ち上がった。

宮本彩の表情アイコン
宮本
え……! 県から声がかかったんですか
北村裕の表情アイコン
北村
長年この仕事をやってきて……こういうことがあるとは思わなかった

北村の手がまだ少し震えていた。眼鏡を外し、そっと目頭を押さえた。この半年、いつも穏やかだった北村からは想像もつかない姿だった。小さなNPOが2つの媒体で1ルートのツアーを作り、12組の家族を迎えた。規模は小さい。けれどその小さな実績が、県という大きな組織の目に留まった。

宮本の目が潤んでいた。入職してからずっと、このNPOの活動を地道に続けてきた。海岸清掃も、地域の打ち合わせも、広報も。外からの大きな評価はなかなか届かなかった。県の担当者が連絡をくれたという事実が、「やってきたことは間違っていなかった」という確かな証明になっていた。

西園寺遥の表情アイコン
西園寺
1ルートの小さな成功が、次の扉を開いたんですね

次は小豆島──2ルート目への展望

しばらくの沈黙のあと、北村が眼鏡をかけ直し、ホワイトボードに目をやった。チャネル別の数字、ペルソナ照合の結果、クロスメディア分析の整理。12組分のデータが、そこに並んでいる。半年前のこのオフィスには、数字で語れるものが何もなかった。いまは小さくても確かなデータがある。北村はそれらを順に見つめてから、静かに口を開いた。

北村裕の表情アイコン
北村
次は……小豆島でやれないか。宮本さんはどう思う
宮本彩の表情アイコン
宮本
小豆島ですか。ルートの設計から始めることになりますね。でも、今回の経験があれば……やれると思います
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
1ルート目で得た型を、そのまま使えるかどうか試す機会ですね。ペルソナも、媒体の組み合わせも、今回のデータを踏まえて調整できます
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
スモールスタート(まず小さな規模で始めて成果を確認し、そこから広げていく方法)の意味は、まさにそこね。12組という小さな規模で検証したからこそ、何が効いて何が足りなかったかが分かったわ。次のルートは、この検証結果を土台にして設計できるでしょう

北村の「次は小豆島で」という言葉は、命令ではなかった。宮本に「どう思う」と問いかけた。北村が宮本の意見を求めたのは、もう一方的に任せるのではなく、一緒に考える姿勢が身についたからだ。1ルート目では神谷が中心になって回してきた部分も多い。でも次のルートでは、宮本と北村が主体になって動いていく。神谷の出向期間には限りがある。型を渡し、型を使えるようになった人たちが次を動かす。それが、この取り組みの本当の成果になっていく。


📌 覚えるポイント

  • 小冊子のQRスキャン数、動画の再生数、SNSからの送客数を横断して比べると、それぞれの媒体が異なる経路で集客に貢献していることが分かる。1つの数字だけでは全体像は見えない
  • 母数12組では統計的な結論は出せない。それでも「動画経由9組・小冊子経由3組」という差は偶然では片づけにくく、次の施策を考える材料になる。傾向は読み、断言は避ける
  • ペルソナを実データで確かめると、設計の精度と限界の両方が見える。予測どおりだった属性(近畿圏・家族連れ)と、範囲外だった需要(海外からの問い合わせ20件中3件)を区別して、次のルートの改訂材料にする
  • 参加者が自発的に投稿した8組分のコンテンツは、制作者が作った素材とは違う信頼を持つ。体験者自身の声が次の参加者を呼び、集客の循環が回り始める
  • 小冊子はすでに香川を意識している人に届く紙の媒体、動画はまだ香川を知らない人とSNSのタイムラインで出会うデジタルの媒体。認知の入り口が違う媒体が、同じゴールへ向かう
  • 12組という小さな規模でも、県の観光振興担当が反応した。スモールスタートで確かめた成果を積み上げることが、2ルート目への第一歩になる

📖 覚える用語

クロスメディア分析
複数の媒体(小冊子・動画・SNS)の効果を横断的に測定・比較する分析手法。それぞれの媒体がどの経路でどれだけの集客に貢献しているかを可視化する。
📝 神谷の北村さんへの報告メモ
クロスメディア分析の結果と次のアクション
今回の数字は「傾向までを読み、断言はしない」という線で扱う方針にしました。加えて、小冊子はQRのスキャン、動画はプロフィールのリンクと計測の経路が別々なので、比較の粒度がそろっていません。場所別のQRは小冊子の設計時点で分けてありますが、遷移先が情報ページのため、どのスキャンが申し込みまで進んだかは追えていません。次のルートでは、スキャンから申し込み完了までを同じ識別子でつなぎ、接点ごとの申し込み数を最初から追える形に一段進めます。あわせて小冊子の置き場所と動画との役割分担も見直します
ペルソナの実データ照合とセカンダリーペルソナの検討
ペルソナカードは作って終わりの資料ではなく、ルートごとに実データで更新していく資料として扱うことにします。今回一致した属性は次のルートの初期値としてそのまま引き継ぎ、範囲外だった需要は別枠に記録して判断材料をためます。インバウンド層を正式なペルソナに加えるかどうかは、問い合わせの言語や希望される内容がもう少し集まってから、西園寺さんと判断したいと考えています
県の観光振興担当からの連絡
お会いするまでに、12組分のデータを一枚の資料にまとめておきます。チャネル別の内訳、ペルソナ照合の結果、参加者の投稿の広がりの3点に絞る形です。先方が関心を持ってくださったのは実績の大きさではなく、規模が小さくても検証の筋道が通っているところだと思いますので、それが伝わる並べ方にします

まとめ

12組の家族が、せとうちマーレブルの最初の実績になった。クロスメディア分析で媒体ごとの役割が見え、実データとの照合でペルソナ設計の精度と限界が分かった。小さなデータから傾向を読み、断言を避ける。その誠実さが、県という大きな組織の目に留まり、2ルート目への扉を開いた。