Shiny Academy

AI×デザイン実践コース

~第2話 リファレンスを渡して、AIに叩き台を作らせる~

前回のあらすじ

旧版小冊子を開き、5つの問題点——目次なし、営業時間の古さ、閉業店舗、写真と現状の不一致、ペルソナ不在——を整理した。ペルソナ(たった一人の具体的な読者像)の林田家の視点で情報を厳選し、目次の骨格を設計。ゼロからではなく旧版を土台にバージョンアップする方針が決まった。

北村のリファレンス

前回の棚卸しから翌日。夏の日差しが窓から差し込むせとうちマーレブルの事務所で、会議テーブルを囲んで神谷、北村、宮本の3人が集まった。昨日の棚卸しで洗い出した5つの問題点と、新しい目次の骨格を確認したあと、北村が「見せたいものがある」と切り出した。

北村がショルダーバッグから参考パンフレットを取り出し、テーブルに並べて神谷と宮本が覗き込んでいる

北村がダークブラウンのショルダーバッグからクリアファイルを取り出した。中には他の観光地で手に入れた小冊子やパンフレットが数点入っている。瀬戸内の島々を紹介するものや、四国の温泉地のもの、山陰の小さな港町のもの。どれも北村が旅先で「いいな」と感じて持ち帰ったものだ。

北村裕の表情アイコン
北村
実はね、あちこちの観光地で気に入った冊子を集めていたんです。ちょっと見てもらえるかな
北村裕の表情アイコン
北村
この冊子が好きでね。暖かい色合いで、写真が大きくて、余白もある。こういう雰囲気にしたいんだ

北村がテーブルに並べたパンフレットには共通点があった。暖色系の色合い、大きな写真、ぎっしり詰め込まず余白を残した構成。デザインの知識がなくても、「好きな感じ」は言える。宮本がリングノートを開き、北村の好みの特徴をていねいに書き留め始めた。

宮本彩の表情アイコン
宮本
暖かい色合い、写真が大きい、余白がある。北村さんの好みがはっきり見えますね
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
これはリファレンス(お手本)として使えます。北村さんの「好きな感じ」をAIへの指示に変換する——それが今日のテーマです

プロンプトを組み立てる

オンライン会議の呼び出し音が鳴り、画面の向こうに西園寺が現れた。宮本がリングノートを開き、先ほど書き留めた北村の好みの特徴を読み上げた。神谷は3つの素材——旧版小冊子、宮本が整理した最新の観光情報、そして北村のリファレンス——をAIに渡すプロンプト(AIへの指示文)に落とし込む作業に入った。

神谷悠馬の表情アイコン
神谷
旧版の構成をベースに、北村さんのリファレンスの雰囲気を取り入れたプロンプトを組みました。宮本さんが整理してくれた最新情報も入れています
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
リファレンスを渡すことで、AIは「テイスト(全体の雰囲気)」を読み取れます。ゼロから「暖かい色にして」「写真を大きく」と一つずつ説明するより、お手本を見せた方が早く伝わりますよ

お手本を見せる。言葉だけで説明するのではなく、「こんな感じ」を実物で示す。それがリファレンス活用という手法だ。神谷が組み立てたプロンプトには、旧版小冊子の構成、宮本の最新情報、北村のリファレンスの特徴が組み込まれていた。

北村裕の表情アイコン
北村
AIに「暖かい色で」とか言ってもうまく伝わらないものなのか
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
言葉だけだと解釈の幅が広すぎるんです。お手本があれば、AIは色も構成も余白の取り方も、まとめて読み取ってくれますよ
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
一つだけ気をつけてくださいね。参考にしてよいのは「暖かい色合い」「写真を大きく」「余白を残す」といった作り方の傾向までです。出てきた案が、元の冊子の誌面をそのまま思い出せるほど似ていたら、その案は使わずに作り直しましょう

北村が腕を組んでうなずいた。自分の「好きな感じ」が言葉を超えて伝わる——その仕組みに、少しだけ納得したようだった。宮本がリングノートに「リファレンス=お手本を渡す=言葉だけより正確に伝わる」とメモした。

AIが叩き台を返す──「なんか違う」

ノートPC画面にAI生成の叩き台3案が並び、北村が眉をひそめて覗き込んでいる

神谷がプロンプトを実行すると、AIが3つの叩き台を瞬時に返してきた。文章の切り口と、ページに何をどの順で置くかのラフ構成がそれぞれ異なる3案だ。どの案にも北村のリファレンスから読み取った暖色系の色合いが反映されている。完成度はまちまちだが、叩き台として方向性の手がかりにするには十分な出力だった。北村が椅子から身を乗り出して画面を覗き込んだ。

北村裕の表情アイコン
北村
これを……AIの機械が作ったのか? こんなことまでできるのか

北村の目が見開かれた。数分前に渡した素材が、もう読める形の文章と構成案になっている。人間がゼロから作れば何日もかかる作業を、AIは数分で片付けた。これが0→1の速さだ。しかし3案を見比べているうちに、北村の表情がゆっくり曇り始めた。眼鏡の上端を指で直しながら、腕を組んだ。

北村裕の表情アイコン
北村
うーん……なんか違うんだよな……
宮本彩の表情アイコン
宮本
確かに、香川の感じとは少し違いますね
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
具体的にはどこが違いますか?
北村裕の表情アイコン
北村
それがな……うまく言えないんだよ。なんか違うとしか言えない

何が違うのか、北村自身にもわからない。曖昧な「なんか違う」の壁が立ちはだかった。この壁は、AIに対しても人に対しても同じだ。相手が動けるレベルの言葉になっていなければ、修正は進まない。「いい感じにして」と伝えても、AIには何をどう変えればいいのかが伝わらない。日常の人とのやり取りでも同じことが起きる。たとえば誰かに「もうちょっと何とかして」と頼んでも、何をどう変えればいいのか相手にはわからない。

「なんか違う」を具体的な言葉にする

曖昧なフィードバックから具体的なフィードバックへの変換図
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
北村さん、「なんか違う」を、もう少し具体的な言葉に変えてみましょう。たとえば、この叩き台を見て「色」はどう感じましたか
北村裕の表情アイコン
北村
色……色が冷たい気がする
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
それなら「瀬戸内の温かみがほしい」と伝えればいいんです。写真はいかがでしょう
北村裕の表情アイコン
北村
写真が……小さいな。もっと大きく見せてほしい

「色が冷たい」を「瀬戸内の温かみがほしい」に。「写真が小さい」を「もっと大きく見せてほしい」に。曖昧な感覚を、相手が動けるレベルの言葉に変換する。これがフィードバック(具体的な修正のお願い)の技術だ。AIに対しても、人に対しても、修正のお願いは「なんか違う」ではなく「何をどうしてほしいか」まで具体的にする。

西園寺遥の表情アイコン
西園寺
フィードバックのコツは、感じたことを2つの言葉にすることですね。「何が」と「どうしてほしいか」。この2つが揃えば、AIも人も動けるんです
北村裕の表情アイコン
北村
色が冷たい……瀬戸内の温かみがほしい。写真が小さい……もっと大きく見せてほしい。こう言えばいいのか

北村が初めて具体的な言葉を絞り出した瞬間だった。「なんか違う」から「色が冷たい→瀬戸内の温かみがほしい」への変換。デザインの専門用語は一つも使っていない。「冷たい」「温かみ」「小さい」「大きく」——北村が日常で使っている言葉だけで、AIに伝わる修正指示ができた。それは小さな一歩だが、北村にとっては大きな変化の始まりだった。この先、北村はもっと具体的な問いかけができるようになっていく。

修正とテンプレ化

修正後の暖色系叩き台が画面に表示され、北村が満足げに見ている

北村の具体的なフィードバックをプロンプトに反映し、神谷がAIに再度生成を依頼した。「瀬戸内の温かみがほしい」「写真をもっと大きく」——北村の言葉がプロンプトに追加され、数分後に修正された叩き台が画面に表示された。北村の表情がゆるんだ。

北村裕の表情アイコン
北村
おお……これだ、この感じ。瀬戸内の温かみがある。写真も大きくなったな
宮本彩の表情アイコン
宮本
写真がのびのびしていますね。余白もあって、北村さんが持ってきた冊子の感じに近づいています

北村が修正後の叩き台とリファレンスのパンフレットを並べて見比べた。色合いも余白の取り方も近い。リファレンスの「好きな感じ」が、AIの叩き台に映し出されていた。曖昧な感覚を具体的な言葉に変え、その言葉をプロンプトに反映する。この繰り返しが、叩き台を「自分たちのもの」に近づけていく。

神谷はこのうまくいったプロンプトをテンプレート(使い回せるひな形)として保存した。毎回ゼロからプロンプトを書き直すのではなく、うまくいった形を残して使い回す。ページが変わっても、テイストの一貫性を保てる。

神谷悠馬の表情アイコン
神谷
このプロンプトをテンプレートとして保存しておきます。次のページを作るときも、この形をベースに素材だけ差し替えれば、品質のばらつきを減らせます

0→1 AI、1→10 人間

0→1 AIが叩き台を速く作り、1→10 人間が現場の目で仕上げるワークフロー図
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
今日のワークフローを整理しましょう。AIが0→1(ゼロイチ)の叩き台を速く作る。人間が1→10(イチジュウ)に仕上げる。AIは速さを担い、人間は正確さと判断を担います
北村裕の表情アイコン
北村
AIが私の代わりに全部やってくれるわけじゃないのか
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
その通りですね。AIは下書きを速くするだけですから。「これでいい」と判断するのは、北村さんの目なんです

AIが0→1の叩き台を速く作り、人間が1→10に仕上げる。このワークフローが確立された。AIの速さと、人間の判断。どちらか一方では成り立たない。AIだけでは「瀬戸内の温かみ」を判断できないし、人間だけではゼロから叩き台を作る時間が足りない。北村のリファレンスも、宮本の現場知識も、神谷のプロンプトも、すべてが「1→10」に仕上げるための素材だった。

北村裕の表情アイコン
北村
自分の目で見て、自分の言葉で「ここを直してくれ」と言う。それが私の仕事なんだな
宮本彩の表情アイコン
宮本
次は写真の選定ですね。取材で集めた写真の中から、使えるものと使えないものを整理しないと

事務所の外から、夕方の車の流れる音が聞こえ始めていた。テーブルの上には北村のリファレンス、ノートPCには保存されたプロンプトテンプレート。「なんか違う」しか言えなかった北村が、「瀬戸内の温かみがほしい」と具体的な言葉を絞り出した。自分の感覚を言語化して、それがAIの出力に反映される——その手応えが、北村の表情に残っていた。この一歩は、やがてもっと具体的な問いかけへと育っていく。


📌 覚えるポイント

  • デザインの知識がなくても、「こんな感じが好き」という参考資料をAIに渡せば、色づかいや余白の方向がそろった叩き台が出てくる。ただし、写真・文章・レイアウトそのものが再現された出力は使わない
  • 叩き台はAIに速く作らせ(0→1)、仕上げは人が現場の目で引き受ける(1→10)。AIが速さを、人が正確さと判断を担う——この分担が制作の基本形になる
  • 「なんか違う」のままでは誰も動けない。「色が冷たいので、瀬戸内の温かみがほしい」まで言葉にする。相手がAIでも人でも、修正のお願いは動けるレベルまで具体的にする
  • プロンプトは目的・対象・条件・形式の4つを埋めれば形になる。そのうえで、現場を歩いた経験があるほど、そこに書ける言葉の解像度が上がる
  • うまくいったプロンプトは、その場限りにせずテンプレートとして保存する。ページごとに使い回せば、品質のばらつきが減って作業も速くなる
  • フィードバックは「何が」と「どうしてほしいか」をセットで言う。「いい感じにして」では伝わらない。感じたことを言葉にする習慣は、AI相手でも人相手でも同じように効く

📖 覚える用語

0→1(ゼロイチ)
AIで叩き台(下書き・初稿)を高速に作る工程
1→10(イチジュウ)
人間が現場の目で叩き台を仕上げる工程
リファレンス活用
既存の参考サイトや冊子をAIに渡し、テイスト(雰囲気)やスタイル(見た目の型)を模倣させる手法
📝 神谷の北村さんへの報告メモ
リファレンスを活用したAI叩き台生成
北村代表理事が持参した参考パンフレット(暖色・大写真・余白)の特徴をAIへのプロンプトに組み込み、3案の叩き台を生成。北村代表理事の具体的フィードバックを反映した修正版で、方向性が確定。
プロンプトテンプレートを保存
うまくいったプロンプトをテンプレート化。今後のページ制作では素材の差し替えのみで叩き台を生成できる体制を構築。
「0→1 AI / 1→10 人間」ワークフローの確立
AIが叩き台を高速に作り、人間が現場の目とリファレンスで仕上げる役割分担が機能することを確認。次は写真素材の選定・権利確認に進む予定。

まとめ

デザインの知識がなくても、「好きな感じ」を参考資料としてAIに渡せば叩き台は作れる。「なんか違う」を「何がどう違うか」に変える技術が、AIを使いこなす第一歩になる。AIは速さを担い、人間は判断を担う。この役割分担が、小さなチームでも大きな仕事を進める力になる。