Shiny Academy

AI×デザイン実践コース

~第7話 「日本の夕陽百選、毎日見られる」と書いてはいけない~

前回のあらすじ

AI翻訳ツールで英語版・中国語版の下書きを数分で生成し、宮本の大学時代の友人にネイティブチェック(その言語を母語とする人による確認)を依頼して文化的な違和感を修正した。翻訳は、ローカライゼーション(現地の文化や習慣に合わせて、中身そのものを作り替えること)に含まれる一工程であり、AIが下書きを速く作り、人が文化の橋渡しを担うワークフロー(作業の流れ)を確立した。神谷は「udon stepping experience」という直訳を見て、あの工房の空気と粉の匂いを知った今の自分には「stepping」では何も伝わらないことに気づき、「伝えたいから作っている」自分の変化を実感した。

完成目前の小冊子

北村が校正刷りを手に満足げに眺め、神谷がノートPCでAIに法的チェックを依頼している

日本語版・英語版・中国語版の3言語版がそろった小冊子の校正刷りを、会議テーブルの上に並べた。UD対応、多言語対応、デザイン4原則の適用——ここまで積み上げてきた工程のすべてが、この1冊に詰まっている。印刷入稿まであと一歩だった。

温かい色調の表紙、大きな文字と広い行間、ネイティブチェック済みの英語と中国語。北村が校正刷りを手に取り、1ページずつめくりながら、満足そうに頷いた。

3言語版の校正刷りがテーブルに並んでいる光景は、これまでの工程の積み重ねそのものだった。旧版の棚卸しから始まり、リファレンス活用、デザイン4原則、UD対応、多言語化。北村と宮本と一緒に一歩ずつ進めてきた道のりが、この冊子の中に凝縮されている。最初に北村の事務所を訪ねた日に見た旧版の小冊子を思い出す。あの日からここまで、一つひとつの工程を積み上げてきた道のりだった。

北村裕の表情アイコン
北村
いやあ、ここまで来たか。自分たちで考えて、自分たちで作った冊子だ。感慨深いものがあるね
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
ありがとうございます。入稿前に念のため、AIに文面の法的なリスクがないか確認してみます
北村裕の表情アイコン
北村
法律のリスク? 事実を書いているだけなのに、何か問題があるのかい
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
念のための確認です

神谷がAIに小冊子の全文を渡し、「法的にリスクのある表現がないか確認してください」と指示した。数秒後、AIは「問題は見当たりません」と回答した。

北村裕の表情アイコン
北村
問題なしか。さすがだな。じゃあ、このまま印刷に出せるんだな
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
はい、AIも問題ないと言っていますし、大丈夫だと思います

「この表現、景品表示法に引っかかる」

西園寺がオンラインで校正刷りの問題を指摘し、北村が驚いた表情をしている

その日の午後、西園寺とオンラインで校正刷りの最終読み合わせを行った。西園寺が画面越しに日本語版の文面を丁寧に読み進めていく。数ページ目で、西園寺の手が止まった。

西園寺遥の表情アイコン
西園寺
ちょっと待ってください。このキャッチコピー(目を引くための宣伝の一文)を読み上げますね。「日本の夕陽百選の絶景、毎日見られる」——そして、こちらもですね。「屋島でしか味わえない感動」——この2つの表現、景品表示法(正式には不当景品類及び不当表示防止法。商品やサービスの広告で、実際より良く見せる表示を禁止する法律)に引っかかる可能性がありますよ
北村裕の表情アイコン
北村
え? でも西園寺さん、屋島が日本の夕陽百選に選ばれているのは事実ですよ。嘘は書いていません
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
事実であること自体は問題ないんです。でも「毎日見られる」と書くと、天候に関係なく毎日必ず夕日が見られると保証していることになりますよ。雨の日も、曇りの日もね。それは本当でしょうか
北村裕の表情アイコン
北村
……それは、天気によるだろうな
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
「屋島でしか味わえない感動」も同じですよ。「しか」「味わえない」は、他の場所では絶対に体験できないという排他的な主張になってしまうんです

北村の表情が曇った。AIに法的チェックを頼んだとき「問題ありません」と返ってきた。その同じ文面に、法的リスクが潜んでいた。

神谷も動揺を隠せなかった。校正刷りの文面はAIが生成したものだ。その同じAIに法的チェックを依頼し、「問題なし」という回答をそのまま信じた。書く能力とチェックする能力が同じものだと思い込んでいた。

神谷悠馬の表情アイコン
神谷
僕、AIに法的チェックを依頼したんです。「問題ありません」と返ってきたので安心していました
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
AIは文章の流れや言い回しを整えるのは得意だけれど、書いてある中身が事実かどうかも、法律の観点で危ない表現かどうかも、AI自身では確かめられないの。もっともらしい答えを自信ありげに返してくるから、「問題なし」もそのまま信じてはいけないのよ。だから「問題なし」と返ってきたのでしょう
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
でもこの文はAIが生成したものです。そのAI自身が法的チェックで「問題なし」と判断しているんです
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
それがまさに問題なのよ。AIは魅力的な文章を書くことに長けているけれど、自分が書いた文の法的リスクを客観的にチェックする能力はまた別ね。書く力とチェックする力は、違う能力よ

AIに法的チェックを頼んだのは、正しい判断だと思った。しかしAIが「問題なし」と答えたことを鵜呑みにしたのは、正しくなかった。AIの得意領域と不得意領域を見極めること——それもまた、AIを使いこなすために必要なスキルだった。AIは文章の流暢さや魅力を最適化する能力に長けている。しかし「この文が景品表示法に抵触するかどうか」という判断は、文章力とはまったく異なる軸の能力だ。

事実と保証の境界線

西園寺が景品表示法の基本を噛み砕いて説明した。

西園寺遥の表情アイコン
西園寺
景品表示法が禁じている不当な表示には、大きく3つの型があります。1つは「優良誤認表示」——品質や内容が、実際のものより著しく良いと消費者に誤解させる表示ですね。2つ目は「有利誤認表示」——価格などの取引条件が、実際より著しくお得だと誤解させる表示です。3つ目は、おとり広告や、広告であることを隠した宣伝のように、国が個別に指定した表示ですよ。たとえば「通常価格の体験プログラムが今だけ半額」と書いておきながら、実はずっとその値段で提供しているような場合——これが有利誤認に当たりますよ。今日みておきたいのは1つ目の優良誤認です
北村裕の表情アイコン
北村
「今だけ」と書いておいて、実はずっとその値段だった……観光地の土産物屋でも、そういう広告は見かけるな
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
今回の問題は、どちらに当たるんでしょうか
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
優良誤認に近いわね。屋島が日本の夕陽百選に選ばれているのは事実よ。でも「毎日見られる」と書くと、天候や季節に関係なく確実に体験できると読めてしまうの。事実を述べることと、その事実が無条件に体験できると保証することは、まったく別の話なのよ
北村裕の表情アイコン
北村
事実なのに……書いてはいけないのか……
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
事実を否定するのではなく、表現を変えるんですよ。たとえば「日本の夕陽百選に選ばれた屋島。天候と季節の条件が合う日には、瀬戸内海に沈む夕日を望めます」——事実の記述と条件の明示を分けているから、正確で、しかも魅力的でしょう
北村裕の表情アイコン
北村
なるほど……。条件をつければいいのか。確かにこっちのほうが、嘘がなくて気持ちがいい
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
天候だけでなく、季節でも見え方が変わりますね。だから条件は、天気のことだけでなく時期のことも含めて書きましょう

北村が腕を組み、沈黙した。長年、観光パンフレットの文面を見てきた。「絶景」「感動」「唯一無二」——観光の世界では見慣れた表現だ。それらが法的にグレーだったとは、考えたこともなかった。他社のパンフレットにも「忘れられない感動をお約束します」といった言い回しが当たり前のように並んでいる。今思えば、あの表現も同じ問題を抱えていたのかもしれない。

NG表現(「毎日見られる」「しか味わえない」)とOK表現(条件付き事実)のビフォーアフター比較表

観光業は特に天候・季節・自然条件に左右される。条件付きの事実を「必ず」「毎日」「唯一」「絶対」といった言葉で無条件の保証のように書けば、内容自体は事実であっても優良誤認に当たりうる。表現の仕方次第で法的リスクが生まれるということだ。逆に言えば、条件を書き添えることが最初の一歩になる。ただし、条件が小さな文字で紙面の端に置かれ、読み飛ばされてしまうようでは、打ち消したことにならない。強調した一文と同じくらい目に入る大きさと位置で条件を示せているかまで、セットで確認する。事実を正確に伝えることと魅力的に伝えることは、矛盾しない。

西園寺遥の表情アイコン
西園寺
もう1つ覚えておいてほしいのは、保証表現は悪意がなくても成立するということですよ。「多くの人に来てほしい」という善意から書いた表現でも、法律上は保証に該当しうるんです

保証表現チェックリスト

問題箇所はキャッチコピーだけではなかった。3人で小冊子の全文を読み返し、保証表現が含まれている箇所をすべて洗い出した。「必ずご満足いただけます」「年中楽しめるスポット」「他にはない体験」——AIが生成した文の中に、保証を含む表現が日本語版だけで8箇所見つかった。英語版と中国語版にも同じ表現がそのまま翻訳されており、3言語合計では20箇所以上に上った。

西園寺遥の表情アイコン
西園寺
ここで大事なのは、個人の注意力に頼らないことですよ。今回はたまたま私が気づきましたけれど、もし誰も気づかなかったら、このまま印刷されていたかもしれませんよ
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
仕組みで防ぐ、ということですね。チェックリスト(確認すべき項目の一覧表)を作りましょう
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
そうね。AIが書いた文に「毎日」「必ず」「唯一」「しか〜ない」「絶対」が含まれていないかを確認するリストを作るといいわ。印刷前に必ずこのリストで確認する手順を入れましょう
北村裕の表情アイコン
北村
その言葉が入っているかどうかなら、僕でも確認できるな。法律の専門家じゃなくてもいいんだな
AI生成文→保証表現チェックリスト→条件付き表現に修正→法務確認OKの4ステップフロー図

保証表現チェックリストの項目を整理した。「毎日」「必ず」「唯一」「しか〜ない」「絶対」「年中」「100%」「他にはない」——これらの表現がAI生成文に含まれていたら、条件を明示した表現に書き換える。

西園寺遥の表情アイコン
西園寺
チェックリストは入り口ですよ。まず疑わしい表現を見つけて、見つかったら条件を明示した表現に書き換えます。この2ステップを印刷前の手順に組み込むことで、個人の注意力ではなく、プロセスとして品質を担保できるようになりますよ

「日本の夕陽百選の絶景、毎日見られる」は「日本の夕陽百選に選ばれた屋島。天候と季節の条件が合う日には、瀬戸内海に沈む夕日を望めます」に。「屋島でしか味わえない感動」は「屋島ならではの絶景をぜひ体験してください」に。「必ずご満足いただけます」は「体験の所要時間は約60分。小さなお子さまも保護者の方とご一緒に参加いただけます」に。一つひとつ、事実はそのままに、表現だけを正確なものへ書き換えていった。

北村も一緒にチェックリストの確認作業に加わった。保証表現に赤ペンで印をつけ、一つひとつ条件付きの表現に書き換えていく。「年中楽しめるスポット」の「年中」を「季節ごとに異なる魅力がある」に書き換える。法律の専門知識がなくても、リストに載っている言葉を探すだけでいい。この単純さが、仕組みとして機能する条件だった。

北村裕の表情アイコン
北村
これ一つ直しただけで、だいぶ印象が変わるな。正直に書いているのに、前より信頼できる感じがする
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
正確であることと魅力的であることは、両立できるんですね

📌 覚えるポイント

  • 屋島が日本の夕陽百選に選ばれているのは事実だが、「毎日見られる」と書けば、天候に関係なく確実に体験できるという保証になる。事実を述べることと、その事実を無条件に保証することは違う
  • 天候や季節に左右される体験を「必ず」「毎日」と書けば、景品表示法が禁じる優良誤認表示にあたりうる。誇張のつもりがなくても、書き方ひとつで線を越える
  • AIは魅力的な文章を書くことには長けているが、景品表示法のリスクを自分で判断する力は持っていない。AIに法的チェックを頼んでも「問題なし」と返ってくることがあるので、法の知識を持った人が確認する
  • 「毎日」「必ず」「唯一」「しか〜ない」「絶対」——AIが書いた文に混じりやすい保証表現を一覧にして、印刷前に機械的に照合する。目視の注意力には頼らない
  • 事実を否定しなくても、条件を明示すれば魅力と正確さは両立できる。「日本の夕陽百選に選ばれた屋島。天候と季節の条件が合う日には、瀬戸内海に沈む夕日を望めます」と書けばよい
  • 一人の注意力に頼っていると、いつか見落とす。チェックリストとして手順に組み込めば、誰が確認しても同じ精度で止められる

📖 覚える用語

優良誤認表示(不当景品類及び不当表示防止法5条1号)
実際より著しく優良であると誤認させる表示を禁止する法律の規定。観光では「毎日見られる」「必ず」など天候に左右される体験を無条件に保証する表現が該当しうる
有利誤認表示(同法5条2号)
取引条件が実際より著しく有利であると誤認させる表示を禁止する法律の規定
📝 神谷の北村さんへの報告メモ
AIの法的チェックの限界が判明
今回の見落としは、文面を作らせたAIに同じ文面の点検まで任せたことで生まれた。作る役と点検する役を同じ相手に置かない——この分担は小冊子に限らず、今後の動画字幕やSNS投稿にも当てはめる。AIへの依頼は「書かせる」用途と割り切り、点検は別の経路を通す。
保証表現チェックリストの導入
リストは一度作って終わりにせず、新しく引っかかった表現が出るたびに追記していく形で運用する。日本語版を直したら英語版・中国語版の同じ箇所も必ず見直す——翻訳版は日本語版の表現をそのまま引き継ぐため、この連動を手順に明記した。確認は私と北村さんの2人で回す。
全箇所の修正完了
修正は文言の差し替えだけで済み、レイアウトの組み直しは発生していない。入稿スケジュールは当初の予定どおり。ただし条件を書き足した箇所は文字数が増えているため、印刷見本が上がった段階で行間と文字の収まりを再確認する。

まとめ

AIは魅力的な文を書くことに長けている。しかし法的リスクを自ら判断する力は持っていない。事実と保証は別の概念だ。保証表現を仕組みとしてチェックし、条件を明示した表現に書き換える手順を持つこと。信頼される情報発信はそこから始まる。