Shiny Academy

AI×デザイン実践コース

~第9話 小冊子は、置く場所で効果が変わる~

前回のあらすじ

印刷所にデータを送ったところ、RGBからCMYKへの変換と解像度の確認を求められた。トンボと塗り足しを設定して再入稿し、テスト印刷を依頼。1回目は画面より暗い仕上がりだったため色の鮮やかさを調整して再入稿し、2回目でイメージどおりの色に近づいた。本番印刷を発注し、500部の刷り上がりを待つことになった。

500部が届いた朝

初秋の朝の事務所で、北村が完成した小冊子を手に取りページをめくり、宮本と神谷が横で見守っている

晩夏の朝。せとうちマーレブルの事務所に宅配便の段ボール箱が3つ届いた。テスト印刷の色味調整を経て、ようやく刷り上がった本番の500部だ。

北村が最初の箱を開けた。緩衝材の下に、小冊子がきっちりと詰められている。1冊を取り出し、表紙をじっと見つめてから、ゆっくりとページをめくり始めた。宮本と神谷が横で見守っている。

北村裕の表情アイコン
北村
……紙の手触りがいいな。表紙の海の色も、テスト印刷で調整したとおりに出ている
宮本彩の表情アイコン
宮本
500部、無事に届きましたね。手に持つと、画面で見ていたときとは違う実感があります
北村裕の表情アイコン
北村
前にプロの人に全部お任せしたときは、出来上がりを見ても正直よくわからなかった。でもこれは、目次がどこにあって、写真がなぜこの順番なのか、自分でわかるんだ
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
500部が形になりました。ただ、刷っただけではまだ誰にも届いていません。次は「どこに置くか」を決める必要があります

宮本の配置候補リスト

500部をどこに配置するか。宮本がフィールドノートを開き、地元の知識をもとに配置候補をリストアップし始めた。西園寺もオンラインで参加している。

宮本彩の表情アイコン
宮本
候補を挙げてみますね。まず、高松東港のフェリーターミナルです。ジャンボフェリーで着いた旅行者が最初に通る場所で、朝の到着便のあとは問い合わせも多いんです
宮本彩の表情アイコン
宮本
次に、さぬき体験工房の受付カウンターです。体験を待つ間に手に取ってもらえます。それから駅周辺のホテルのロビー、レンタカーの営業所、高松空港の観光案内所。この5か所が候補です
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
5か所ですね。500部といっても、内訳は日本語版が400部、英語版と中国語版が50部ずつです。日本語版を5か所に均等に80部ずつ配ると、どの場所でも中途半端な数になります
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
いい整理ね。宮本さん、場所ごとに来るお客さんの層は違うかしら
宮本彩の表情アイコン
宮本
はい。フェリーターミナルは関西からの家族連れが多くて、空港はLCCで来る若い方が多い印象です。ホテルのロビーは外国人の方もよく立ち寄っています

宮本が挙げた5つの候補は、それぞれ旅行者が立ち寄るタイミングも客層も異なる。フェリーターミナルは到着直後の「これから何をしよう」というタイミング。さぬき体験工房は体験の待ち時間。ホテルは夕食後の「明日はどこに行こうか」という計画タイミングだ。置く場所が違えば、小冊子を手に取る瞬間の気持ちも違う。

しかし500部は有限だ。すべてに均等に配ると、どの場所でも補充が追いつかなくなる。どこを優先するか。その判断の軸になるのが、ペルソナ(たった一人の具体的な読者像)の行動動線だった。

ペルソナの行動動線で優先順位をつける

ペルソナの行動動線に基づく配置優先順位のフロー図。フェリーターミナルから始まり、さぬき体験工房、ホテルの順に優先度が設定されている

この小冊子のペルソナは林田家だ。阪神間に住む30代の夫婦と未就学の子ども1人の家族連れで、ジャンボフェリーで神戸から高松東港に渡り、屋島とさぬき体験工房を巡る1泊2日の旅を想定している。神谷がペルソナの行動動線をホワイトボードに書き出した。

神谷悠馬の表情アイコン
神谷
林田家の旅行は、高松東港のフェリーターミナルから始まります。到着してすぐ、次の行動を決めるために情報を探すタイミングがある。ここが最初の接点になります
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
次にさぬき体験工房。体験の前後で待ち時間があるので、小冊子を手に取る余裕があります。3番目がホテルのロビーです。チェックイン後に翌日のプランを考えるタイミングですね
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
「誰に届けたいか」を起点に「どこに置くか」を逆算しているのね。ペルソナが旅の中で最初に触れる場所から順番に並べていくと、自然に優先順位がつくわ
北村裕の表情アイコン
北村
なるほどな。フェリーで来る家族連れに届けたいなら、日本語版はまずフェリーターミナルに多めに置く。空港は日本語版を減らしていいわけか。……ただ、英語版と中国語版は空港に回してもらえんかね。外国から来た方が、最初に通る場所だから
宮本彩の表情アイコン
宮本
フェリーターミナルは朝の到着便のあとが一番人が多いので、ラックの目立つ位置に置いてもらえるか確認してみますね
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
北村さん、まさにそのとおりなんです。どこに置くかで手に取る人が変わる——これが配架計画の考え方ですよ。500部という限られた数だからこそ、効果の高い場所に集中させることが大切なんです

ペルソナの行動動線に沿って配置の優先順位が決まった。フェリーターミナルに最も多く、次にさぬき体験工房、そしてホテルのロビー。残りを空港とレンタカー営業所に少数ずつ配置する。「どこに置くか」は「誰に届けたいか」の裏返しだった。

宮本の現場知識がなければ、候補を挙げることすらできなかった。神谷のペルソナ視点がなければ、優先順位をつける基準がなかった。2つの視点が合わさって、初めて配架計画が成り立つ。

QRコードで「置いて測る」仕組みを作る

配置場所ごとに異なるQRコードを割り当て、スキャン数で配置効果を計測する仕組みの概念図

配置場所が決まったところで、西園寺がもうひとつの提案をした。

西園寺遥の表情アイコン
西園寺
配置したあとのことを考えましょう。小冊子を置いたら、それで終わりでしょうか
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
置いたあと……どの場所の小冊子がどれだけ読まれているか、知りたいです
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
そこでQRコード——スマートフォンのカメラでかざすと画面が開く、あの白黒の四角い模様——を使いましょう。今回はもう刷り上がっていますから、配置場所ごとに違うQRコードを刷った差し込みカードを作って、置きに行く前に冊子へ挟み込みます。次に刷るときは、場所別のQRコードを冊子そのものに入れておきましょうね。どこに何部置くかを入稿の前に決めておけば、版を分けて刷り分けられますよ
北村裕の表情アイコン
北村
携帯でかざすやつか。あれで、どこに置いた冊子が読まれてるかわかるのか
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
ええ。フェリーターミナル用と体験工房用のQRコードを別々にしておくんです。読み取られた回数を見れば、どちらの場所で多く手に取られたかが数字でわかりますよ
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
読み取り先は、うちのサイトに置く案内ページにします。そこから旅行会社のツアーページへ送る形です。ただ、5か所とも同じURLだとコードも同じ模様になって、どこから読み取られたかがわかりません。URLの末尾に場所を示す印を付けて、フェリーターミナル用、工房用、ホテル用で分けます。数を持っているのはQRコードではなくページ側なので、自分たちのページのアクセス記録を場所別に分けて数える形になりますね
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
「置いて終わり」ではなく「置いて測る」仕組みを最初から設計しておくことが大切なの

配置場所ごとに異なるQRコードを差し込みカードで挟み込み、読み取り数で配置効果を数値化する。次回の増刷時には冊子本体にQRコードを印刷する。読み取り数が多い場所には多めに配置し、少ない場所は配置方法を見直す。計測の仕組みがあれば、次の判断をデータに基づいて行える。西園寺はさらにもうひとつの原則を思い出させた。

西園寺遥の表情アイコン
西園寺
もうひとつ、お伝えしておきたいことがあります。「数字で語り、感覚で確かめる」——この原則は配架計画でもそのまま使えるんですよ。QRコードの読み取り数が「数字」です。実際にフェリーターミナルに立って、旅行者が小冊子を手に取る様子を自分の目で見るのが「感覚」ですね
北村裕の表情アイコン
北村
数字だけじゃなくて、実際に現場を見ることも必要なのか。それはわかるな。長年この仕事をやってきて、数字に出ないものが現場にはあるんだ

「1ページずつ意味がわかる」

配置場所とQRコードの設計が決まり、一段落ついた。北村がもう一度、完成した小冊子を手に取った。ページをゆっくりめくりながら、1ページずつ指で追っていく。目次のページで手が止まった。

北村裕の表情アイコン
北村
……この目次。西園寺さんに「まず目次をつけましょう」と言われたときは、正直、目次なんか誰も見ないだろうと思っていた。でもいま自分でめくっていると、目次があるからどこに何があるかすぐわかるんだ
北村裕の表情アイコン
北村
それにこの写真のサイズも、文字の大きさも、色の使い方も、全部自分たちで理由を考えて決めた。前にプロに頼んだときは「きれいだけど、なんか違う」としか言えなかった。でもこれは——自分たちで考えて作ったから、1ページずつ意味がわかる
宮本彩の表情アイコン
宮本
北村さん、「なんか違う」が「ここをこう変えたい」に変わったのは大きな変化ですよね
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
北村さんが「この写真をこの大きさにした理由」を語れること自体が、大きな変化だと僕は思います
北村裕の表情アイコン
北村
……そうかもしれんな。この小冊子は、神谷くんや宮本さんと一緒に自分たちで作ったから、中身がわかるんだ。それが一番の違いだと思う

外部に丸投げした旧版とは違う。自分たちが企画し、AIで叩き台を作り、デザインの原則で整え、誰もが読めるように配慮し、多言語対応を施し、法務チェックを通し、色を調整してテスト印刷を繰り返した。その全工程に関わったからこそ、北村は1ページごとの意味を自分の言葉で語れるようになっていた。

ターミナルに立つ神谷

その日の夕方、神谷は事務所に残り、ノートPCで西園寺とのオンライン会議を再び開いた。画面の向こうの西園寺が、穏やかに切り出した。

西園寺遥の表情アイコン
西園寺
小冊子の配置が決まったわね。これでデザイン実践は一区切りよ。次は動画に進みましょう。小冊子は「読んでもらう」媒体(届け方の手段)ね。動画は「見てもらう」媒体よ。同じ素材を、時間軸でデザインして届けるの
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
動画ですか。小冊子でようやく1つの形になったところですが、同じ素材を別の媒体で届けるんですね
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
そうよ。小冊子では伝えきれなかった「動き」や「音」を、動画という時間のある媒体で届けるの。楽しみにしていてね
初秋の夕方、高松東港のフェリーターミナル前に完成した小冊子を手に立つ神谷

翌日の夕方。神谷は高松東港のフェリーターミナルに立っていた。配置場所の下見に来たのだ。手には完成したばかりの小冊子を1冊持っている。初夏に初めてこの港へ渡る船の中で、売店のおばちゃんに「ぴっぴ」と言われて意味がわからなかった。あれからまだ半年も経っていないのに、ずいぶん遠くまで来た気がする。

ターミナルの待合スペースの壁際に、小型のラックを置かせてもらえそうな空きがあった。ここに、自分たちが作った小冊子が並ぶ。何も知らない旅行者が、あの日の自分のように初めてこの港に降り立って、たまたま手に取ってくれるかもしれない。


📌 覚えるポイント

  • 同じ小冊子でも、到着直後のフェリーターミナルに置けば「これから何をしよう」と行き先を探している人に届き、ホテルのロビーに置けば翌日のプランを考えている人に届く。「どこに置くか」は「誰に届けたいか」で決まる
  • 500部は限りある数。均等に配るのではなく、ペルソナが旅の中で最初に触れる場所から順に、効果の高いところへ数を集中する
  • 配置場所ごとに違うQRコードを用意すれば、どこでどれだけ読み取られたかを数字で把握できる。今回は刷り上がった冊子に差し込みカードで挟み、次の増刷から冊子本体に印刷する
  • 制作物は完成した時点ではゴールではない。どこに配置し、誰に届き、どれだけ反応があったかを測って改善できるところまでが配架計画
  • 「数字で語り、感覚で確かめる」は配架でも同じ。QRコードの読み取り数が「数字」、フェリーターミナルで旅行者が手に取る様子を見るのが「感覚」。どちらか一方だけでは判断を誤る
  • デザインを整え印刷を終えれば「制作」は終わるが、「配置」はそこから始まる別の判断。作る人の視点と届ける人の視点を両方持ってはじめて、届けたい相手に届く

📖 覚える用語

配架(はいか)
どこに置くかで手に取る人が変わる。ペルソナの行動動線に合わせた配置設計
📝 神谷の北村さんへの報告メモ
配置場所の優先順位を決定
ペルソナ(林田家:阪神間在住の家族連れ)の行動動線をもとに、日本語版はフェリーターミナル→さぬき体験工房→ホテルのロビーの順に配置優先順位を設定した。英語版・中国語版は外国人旅行者が最初に通る空港やホテルに優先配置する。500部を効果の高い場所に集中配置する方針を固めた。
QRコードによる場所別計測の設計
今回は刷り上がり済みのため、配置場所ごとに異なるQRコードを刷った差し込みカードを冊子に挟み込む方式とし、次回の増刷時には冊子本体にQRコードを印刷する方針とした。QRコードの遷移先は自分たちの案内ページとし、そこから旅行会社のツアーページへ送る導線にした。場所を識別するパラメータをURLに付与して場所別のアクセス数を集計できるようにした。
次フェーズ(動画制作)への移行準備
小冊子の制作から配架計画までの一連の工程が完了した。次の媒体である動画の制作フェーズに移行し、同じ観光素材を「時間のデザイン」で届けるワークフローを開始する予定。

まとめ

制作物は完成した瞬間ではなく、届けたい人の手元に届いた瞬間から価値を発揮する。「どこに置くか」は「誰に届けたいか」の裏返しだ。ペルソナの行動動線で配置を設計し、QRコードで効果を測り、数字と感覚の両面で検証し続ける。それが、500部の小冊子を最大限に届けるための配架計画になる。