観光マーケティング実践コース
~第3話 この島に来てほしい人は、誰だろう~
西園寺の「『みんな』に届くメッセージは誰にも届かない」という提案に北村は強く反発したが、誰に届けるかを先に選ぶ段階=ターゲティングの説明と、神谷のまるやまマートでの実体験を経て、理屈では理解した。西園寺は「狙う層をどれくらいの広さにするか」と「その層をどれだけ具体的に思い描くか」は別の話で、これから決める『たった一人』は層を代表する一人を描くことだと整理した。さらに西園寺は、ペルソナを勘ではなく「現場の声から仮説を立てる」「複数の情報源で裏づけを取る」「チームの現場感覚と照らし合わせる」の3ステップで検証して選ぶことを示した。北村は「理屈はわかりました、ですがまだ怖いんですよ」と正直に語り、西園寺は「現場で直接受け取った記録はあるか」と次のステップを促した。
問い合わせの声が描く人物像
【シーン】せとうちマーレブル事務所の簡易ミーティングスペース。宮本がマスタードイエローのフィールドノートを開き、問い合わせの内容を説明している場面。 【ロケーション固定】kagawa_13_marble_office/angle_meeting.png。 【キャラクター参照】kagawa/characters/宮本彩設定画像.png、kagawa/characters/北村裕設定画像.png、kagawa/characters/神谷悠馬設定画像.png。 【人物】宮本彩(24歳・女性、ティール〜海色のライトウィンドブレーカー、淡いライトブルーのポロシャツ、暖色系ダークチェスナットブラウンのミディアムヘアを青緑色のシュシュでポニーテール、開いたマスタードイエローのフィールドノートを手に、身振りを交えながら説明する)。北村裕(62歳・男性、淡いライトブルーの長袖ボタンダウンシャツ、襟元に白いクルーネックTシャツ、左胸ポケットにオフホワイトのカードケース、銀灰色の眼鏡、明るいシルバーの短髪、テーブルに肘をつき前のめりで聞いている)。神谷悠馬(27歳・男性、ネイビーのスーツに白シャツ、ネクタイ、黒い短髪、メモを取りながら聞いている)。 【構図】宮本がテーブルの一角で立ち上がりかけるようにノートを見せている。北村は対面で前のめり。神谷は横で手元にメモ。背景に横一列で並ぶデスク2台、ホワイトボード、窓からの自然光。 【小物】宮本の手元にマスタードイエローのB6フィールドノート(開いた状態、ページに手書きの抽象的なメモ)。テーブル上にペットボトル、紙コップ、先ほどのパンフレット。 【ロケーション整合】手前右のオーク調中古会議テーブル+チャコールグレーの事務用スタッキングチェア3脚。背景に横一列で並ぶ同一寸法の薄いグレーの事務デスク2台、キャスター付きホワイトボード、奥壁の引き違い窓2連+コルクボード。右壁にグレーのスチールラック4段。 【色調】窓からの自然光。宮本のフィールドノートのマスタードイエローが画面のアクセント。白・グレー基調のNPO事務所。宮本の発見と北村の驚きが伝わる空気感。 【避ける】読める実テキスト、ノートの具体的な内容、特定施設名、商標、実在ロゴ。PC画面の内容。
西園寺の問いかけに、宮本がマスタードイエローのフィールドノート(現場で書き留める記録帳)を開いて手を挙げた。


宮本が再現するそのやり取りには、抽象的な「お客様」ではない、生きた人間の声があった。電話の向こうにいるのは、子どもを連れて初めての旅をしたいと思っている一人のお母さんだ。一つひとつの質問が、ぼんやりとした「みんな」に具体的な輪郭を与えていた。


北村の表情が変わった。パンフレットの「観光客」ではなく、電話口で子どものことを心配する一人のお母さんの姿が、目の前に浮かんだからだ。




AIで裏づけを取る
西園寺の言葉を受けて、北村が慎重に口を開いた。




神谷は会議テーブルの上のノートPCを引き寄せ、AIに質問を打ち込んだ。

数秒後、AIの回答が画面に表示された。神谷が要点を読み上げた。




再びAIの回答が返ってきた。






【種類】日本語ラベル入りのAI回答検証フロー。「AIの回答は、そのまま使わない」。 【構図】左から「1 AIに質問」「2 出典URLがある?」「3 元の資料を開く」「4 一次情報と照合」を並べる。出典URLがない場合は赤い矢印で「採用しない」へ分岐する。 【内容】出典URLがある場合も元の公式資料を開き、現地での確認、現地での記録、公式資料と突き合わせて一致を確認する。 【結論】「AIは調査の入口」「根拠は一次情報」。 【色調】白地、瀬戸内ブルー・ティール。採用しない分岐は赤、確認済みの印はマスタード。読める日本語と資料のイラストで手順を示す。 【避ける】実在サービスのロゴ、商標、透かし。
林田家のペルソナカード
西園寺の提案を受けて、宮本が電話で聞き取った林田さんご家族の情報と、AI検証で得られたデータを、ペルソナカード(具体的な人物設定をまとめた1枚のシート)に落とし込んでいった。名前、年齢、家族構成、居住地、移動手段、旅行パターン、予算、情報収集方法、求めるもの、不安と障壁——一つひとつの項目が埋まるたびに、電話口で聞いた林田さんの声が、一人の家族として形を成していった。
【種類】日本語ラベル入りのペルソナカード「林田家のペルソナ」。横長の図解。 【構図】左列に父母と子どものイラスト、夫35歳・妻33歳・息子4歳、神戸市、1泊2日、予算約5万円、深夜フェリーという旅行条件を整理する。右側に「旅の目的」「情報収集」「重視すること」「不安」の4区画を置く。 【内容】旅の目的は子どもの体験、本場のうどん、家族写真。情報収集は写真SNS、口コミ、フェリー公式。重視することはベビーカーで動けること、子どもが飽きないこと、移動しやすいこと。不安は船で眠れるか、現地の移動、雨の日、子ども対応。 【結論】「おすすめだけでなく、不安を先回りして伝える」。安心のフェリー旅、うどん体験、ベビーカーでの移動、雨の日の代案を下部にまとめる。 【色調】白地、瀬戸内ブルー・ティール・マスタード。 【避ける】実在の人物の顔、実在ロゴ、商標、透かし。


この家族のために作る
ペルソナカードが完成した。すべての項目が埋まった1枚を、北村は黙って見つめていた。壁に貼った香川の地図と、手元のカードを交互に見る。
さっきまで「一人に絞るなんて」と反発していた北村の目に、別の色が浮かんでいた。カードに書かれた「不安と障壁」の欄——子どもが船で寝られるか、雨の日はどうするか。宮本が電話で聞いた林田さんの声が、一つひとつそこに刻まれている。



しばらく間があった。北村は眼鏡を外して額を軽く押さえた。そしてゆっくりと、自分の言葉で語り始めた。


宮本がうなずきながら言った。



北村は「みんなに届けたい」という気持ちと、「一人に絞る」決断の間で、長い時間揺れていた。理論を聞き、神谷の実体験を聞き、それでもまだ怖かった。しかし、宮本が電話で聞いた林田さんの生の声——子どもを連れて初めての旅をしたいと願う一人のお母さんの姿を知り、AIで裏づけを取り、自分の実感とも重なったとき、「この家族のために」という言葉が自然と出た。専門用語は一つも使っていない。でもその言葉に、ペルソナ設計の本質が宿っていた。
📌 覚えるポイント
- 現場の一次データ(電話・メール・対面)がペルソナの仮説の出発点になる。高度な分析ではなく、日々の実務で受けた一人の声がもっとも説得力のある人物像を描き出す。ただし、問い合わせで教わった氏名・連絡先をそのままペルソナに書き写してはいけない。お客様に答えるために預かった情報を別の目的に使うことはできないので、個人が特定できない属性に置き換えて使う
- AIで統計データの裏づけを取るときは「出典のURLも示してください」とプロンプトに入れる。AIは実在しない情報を生成することがあるため、出典を確認することで自分の目で真偽を検証できる
- 検証プロセスの3ステップ(現場の声→データの裏づけ→チームの実感)が揃ったとき、根拠を持ってペルソナを選べる
- 観光のペルソナには小売にはない軸がある。旅の動機、移動手段、滞在パターン、不安と障壁——お客様に生活圏を離れて来てもらうからこそ、考えるべきことが増える
- ペルソナカードは、お客様の不安をそのまま解消すべきコンテンツの設計図になる。電話で聞かれた質問が、届けるべき情報そのものだ
📖 覚える用語
- ペルソナ(観光版)
- 第2話で学んだペルソナに、観光固有の軸を足したもの。ターゲット顧客を具体的な1人の人物像として描き、現場のデータや実在のお客様の声をもとに、すべての判断基準となる理想の人物像にする。観光では旅行パターン・移動手段・不安と障壁など、生活圏を離れてもらうための軸が加わる。
- ペルソナカード
- ペルソナの具体的な人物設定を1枚のシートにまとめたもの。名前、年齢、家族構成、居住地、旅行パターン、情報収集方法、求めるもの、不安と障壁などの項目を整理し、チーム全員が同じ人物像を共有するための道具。
- 一次データと二次データ
- 一次データは自分たちが直接集めた情報(電話での問い合わせ、対面でのヒアリング、アンケートなど)。二次データは他者が調査・集計した情報(政府統計、業界レポート、調査機関のデータなど)。ペルソナの検証では両方を突き合わせることで信頼性が高まる。
- 林田家ペルソナの概要
- 先月8件あった子連れの問い合わせに共通する条件から組み立てた架空の家族像で、『林田家』は仮の名前。氏名・連絡先は転記せず、阪神間在住・夫30代・妻30代・未就学児1人という属性だけを使った。ジャンボフェリー深夜便で朝着、1泊2日、予算は家族3人で約5万円。Instagramで発見しGoogle Mapsで確認。
- 検証プロセスの実践
- 3ステップは今回限りの作業ではなく、次のペルソナを立てるときにも再利用できる手順として残す。一次データは宮本のフィールドノートに残る問い合わせの記録、二次データは公的統計の出典URL、三つ目は関係者へのヒアリングで代替可能。ただし今回の一次データは電話で問い合わせをくれた層に限られ、検討したが来なかった家族の声は含まれていない。この偏りは現地でのアンケートなどで後日補う必要がある。
- AI活用のポイント
- 今回の分担は、統計を「探す」ところまでをAIに任せ、「信じる」判断は原典で行うというもの。次回以降の運用ルールとして2点を残したい。①出典URLが示されない回答は根拠に採用しない。②省庁・県など公的機関の資料を民間調査より優先する。所要時間は質問2件で約10分、原典の確認まで含めても30分程度で、調査を外部に依頼するより手早く済む。
