Shiny Academy

観光マーケティング実践コース

~第4話 お客様の道のりを、一本の線にする~

前回のあらすじ

宮本が先週電話で対応した神戸在住のご家族の声——30分の電話で聞いた子連れ旅行の不安——がペルソナの仮説を描き出した。北村の「一件の電話だけで決めていいのか」という疑問に、神谷がAIで香川県観光客動態調査と総務省情報通信白書の統計データを出典付きで調べ、裏づけを取った。北村も長年この地域を見てきた実感として家族連れの増加を挙げており、検証プロセスの3ステップが揃った。林田家のペルソナカードが完成し、北村は「この家族のために、一番いいものを作ろう」と決断した。

ペルソナは決まった、でも道筋がない

ペルソナが決まった翌日。せとうちマーレブルの事務所に、朝から4人が集まっていた。会議テーブルの上に、昨日まとめたペルソナカードが広げてある。西園寺は今日もオンラインでつないでいた。

北村裕の表情アイコン
北村
例の、たった一人のお客様像は決まりました。でもな、じゃあこの家族に何を届ければいいのか。小冊子を作ると言っても、何を載せるか、どういう順番で見せるか。正直、見当がつかないんですよ
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
大切なところに気づいてくださいましたね、北村さん。ペルソナが決まったのは大きな一歩ですよ。次は、この家族が「香川に行きたい」と思ってから実際に来てくれるまで、どんな道のりをたどるのか。それを一緒に描いてみましょう

「知る」「惹かれる」で止まっている

せとうちマーレブル事務所で、宮本がフィールドノートとスマートフォンを見せながら問い合わせの傾向を北村と神谷に説明している

宮本がマスタードイエローのフィールドノートとスマートフォンの画面をテーブルに広げた。ここ半年分の問い合わせ記録と、InstagramのDM(ダイレクトメッセージ)を一件ずつ整理してきたのだ。

宮本彩の表情アイコン
宮本
問い合わせの内容を並べてみたんです。電話でもInstagramのDMでも、ほとんどが「香川って楽しそう」「子ども連れでも大丈夫ですか」で終わっているんですよ。具体的にルートを調べたり、フェリーの予約まで進んでいる人は、ほとんどいませんでした

宮本はスマートフォンの画面をスクロールしながら、DMの一覧を見せた。「お子さん連れで楽しめますか?」「うどん体験って何歳からできますか?」「高松から屋島まで子ども連れで行けますか?」質問としては具体的なものもある。でも、この人たちもそれきりだった。質問は興味の段階で止まっている。その先——具体的な行き方を調べたり、フェリーの便を確認したりするところまで進んだ人は、ほんの一握りだった。

宮本彩の表情アイコン
宮本
実は、大阪にいる母方の従姉の家がまさにこのパターンなんです。従姉がInstagramで「#子連れ旅」を検索して、香川の写真を見つけて、旦那さんにLINEで転送する。で、旦那さんがGoogle Mapsで口コミを調べ始める……でも、そこから先が続かない。「結局どこに泊まればいいかわからない」って言うんです
北村裕の表情アイコン
北村
あのインターネットの掲示板みたいなやつは、正直よくわからんのだが……電話での問い合わせが来ているのは、わしにもわかる。「行ってみたいんですけど」と聞かれて、全部口頭で説明して、あとは「ご検討ください」。それっきりになるんですよ

カスタマージャーニーを描く

神谷がホワイトボードにカスタマージャーニーの6ステップを書き込んでいる。宮本と北村が椅子に座って見つめている

宮本の話を聞いた西園寺が、画面越しに切り出した。

西園寺遥の表情アイコン
西園寺
宮本さんの従姉さんの話、すごくわかりやすかったわ。この道のり、ホワイトボードに描いてみましょう。神谷くん、覚えてる? まるやまマートのお客様が商品を知ってから買ってくれるまでの流れを、時系列で描いたこと
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
はい。お客様の道のりを一本の線にして整理しました
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
あれをカスタマージャーニー——お客様が知ってから来てくれるまでの道のり——と呼んだわね。これを観光に当てはめたものが、カスタマージャーニー(観光版)です。宮本さん、林田家のお母さんが最初にすることは何でしょう
宮本彩の表情アイコン
宮本
Instagramで「#子連れ旅」とか「#香川旅行」を検索して、写真を見つけることだと思います。それが「知る」ですよね

神谷がホワイトボードの前に立ち、青のマーカーを手に取った。西園寺の問いかけに導かれて、最初のステップ「知る」を書き込む。宮本が一つ具体例を出すたびに、西園寺が「次は?」と促し、ステップが一つずつ書き足されていく。宮本の日常的な言葉が、ホワイトボード上の一本の線として形を成していった。

宮本彩の表情アイコン
宮本
「知る」の次は……動画を見たり、ブログを読んだりして「行きたい!」って気持ちが強くなる。これが「惹かれる」ですね。そのあと、具体的なルートや費用をGoogle Mapsや口コミサイトで「調べる」。フェリーや宿を「予約する」。実際に香川に来て屋島やうどん体験を楽しむのが「体験する」。帰ってからInstagramに写真を投稿して、次の旅行を計画するのが「共有する」
知る、惹かれる、調べる、予約する、体験する、共有するの各段階に行動・接点・気持ちを示した図

ホワイトボードに6つのステップが並んだ。知る、惹かれる、調べる、予約する、体験する、共有する——宮本の具体例が、一本の道のりとして可視化された瞬間だった。

西園寺遥の表情アイコン
西園寺
最初に見た5ステージ——認知・興味・比較・購入・継続——を、旅の道のりとして時間の順に開くと、この6つになるの。前に『知る→気になる→くらべる→決める→また来る』と言い換えたでしょう。あれと同じ中身を、もう少し細かく並べただけよ。『知る』が認知、『惹かれる』が興味、『調べる』と『予約する』が比較と購入。観光にしかない『体験する』を挟んで、『共有する』が継続にあたるの
北村裕の表情アイコン
北村
つまり、うちのお客さんは2番目の「惹かれる」のところで止まっとるということですか。3番目の「調べる」にすら行けていないんですね
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
そのとおりですね、北村さん。どこで止まっているかがわかれば、何を作ればいいかが見えてくるでしょう

タッチポイントを洗い出す

ジャーニーマップが描けたところで、西園寺がさらに次の問いを投げかけた。

西園寺遥の表情アイコン
西園寺
次は、6つのステップそれぞれで、林田家が何に触れるかを整理してみましょう。「知る」段階ではInstagramの投稿や友人の口コミですね。「調べる」段階ではGoogle Mapsの口コミや旅行ブログでしょう。こうした接点のことを、タッチポイント——お客様が触れる接触点——と呼びます
宮本彩の表情アイコン
宮本
「知る」のところで言うと、Instagramの投稿はほぼ私の個人アカウントなんです。せとうちマーレブルの公式アカウントはあるんですけど、月に1回投稿するかどうかで。正直に言うと、何を投稿すればいいかもはっきりしていなくて……
北村裕の表情アイコン
北村
パンフレットも、いつ作ったか覚えとらんくらいだ。やしまーるのことも載っとらんし。受付に置いてはあるが、手に取ってくれる人がどれだけいるのか

西園寺に促されて、神谷が6つのステップの下にタッチポイントを書き込んでいく。すると、あることが浮かび上がった。せとうちマーレブルが自分たちでコントロールできる接点は、ごくわずかだった。フェリーの公式サイト、旅行会社のツアーページ、宿泊予約サイト——「調べる」から先のタッチポイントは、すべて他社が運営している。

自分たちが担える場所を見極める

旅の6段階について接点、担い手、制作物を整理し、知る・惹かれるから外部へ渡す役割分担図

タッチポイントの整理が進むにつれ、北村の表情が少しずつ曇っていった。

北村裕の表情アイコン
北村
全部うちでやらなきゃいけないのか……。フェリーの予約の仕組みだの、泊まる場所の手配だの、とてもじゃないが自分たちだけでは無理ですよ
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
全部やる必要はないんです。「予約する」や「体験する」の後半——予約サイトやツアーの手配——は旅行会社やフェリー会社が担えますよ。大事なのは、せとうちマーレブルが自分たちの強みを活かせるステップに集中することですね。ジャーニーの最初の2つ——「知る」と「惹かれる」——が、北村さんたちの持ち場ですよ

北村の目に、かすかな安堵が浮かんだ。ジャーニーの全ステップを自前で担えと言われたら、2人しかいないNPOでは到底無理だ。でも「最初の2ステップに集中する」なら、手が届くかもしれない。自分たちが長年この土地で培ってきた知識は、まさに「知る」と「惹かれる」のための素材そのものだった。

西園寺遥の表情アイコン
西園寺
具体的には2つの成果物を考えてみませんか。小冊子で「知ってもらう」、動画で「惹きつける」。小冊子には地図やアクセス情報、体験の紹介を載せて、林田家が手に取ったときに「これなら行ける」と思えるものにしましょう。動画では、うどん体験や屋島の景色を見せて「行きたい」と感じてもらいます。この2つが、プロジェクトの設計図になりますよ
北村裕の表情アイコン
北村
なるほど……全部を自分たちでやる必要はないんですね。得意なところだけやればいい。予約のことは旅行会社に任せて、わしらは「知ってもらう」と「惹きつける」に力を入れましょう

道の整備が僕たちの仕事

ジャーニーマップにタッチポイントを重ね、せとうちマーレブルが担う範囲を赤のマーカーで色分けしたホワイトボードを、4人で見つめた。白い盤面に、道筋がくっきりと浮かび上がっている。

神谷悠馬の表情アイコン
神谷
林田家が「知る」から「体験する」まで、途中で止まらないように道を整備する。その最初の2ステップが僕たちの仕事ですね
北村裕の表情アイコン
北村
道の整備ですか。確かに、道がなければどんなにいい場所があっても人は来ないんですよ。まず道を作るところからですね
宮本彩の表情アイコン
宮本
でも、その道が本当に歩きやすいかは、実際に歩いてみないとわかりませんよね。林田家と同じルートを、一度自分たちで確かめに行きたいです

宮本の言葉に、北村が深くうなずいた。ジャーニーマップという地図はできた。次はその地図に描いた道が、本当に林田家の足で歩けるものなのかどうか。現場に出て確かめる番だ。

宮本がフィールドノートにジャーニーマップのスケッチを写し取りながら、ペンを止めた。「体験する」のステップに目がいく。紙の上に描かれた6つのステップは、まだ枠組みにすぎない。ここに林田家の足音を書き込むには、自分たちの足で歩くしかない。


📌 覚えるポイント

  • カスタマージャーニーを描くと、頭の中にあった「なんとなくの流れ」が時系列の地図になる。観光でも小売でも道のりの基本構造は同じで、時間の順に開くから打ち手を置く場所が決まる
  • 観光版カスタマージャーニーは6ステップ。知る→惹かれる→調べる→予約する→体験する→共有する。小売と違い「体験する」ステップは旅行そのものであり、お客様に生活圏を離れてもらう必要がある
  • 止まっている場所がわかれば打ち手が決まる。せとうちマーレブルの顧客は「知る」「惹かれる」で止まっていた。どこで止まっているかを特定することが、施策の優先順位を決める
  • ジャーニーの全ステップを自分たちで担う必要はない。予約サイトやツアーは旅行会社が持つ。自分たちの強みが活きるステップに集中することで、限られたリソースを最大限に活かせる
  • タッチポイントを洗い出すと、自分たちが中身を書き換えられる場所と、他社に任せるしかない場所が切り分けられる。全体を俯瞰してから自分たちの持ち場を決める
  • 「小冊子で知ってもらう、動画で惹きつける」——2つの媒体をジャーニーのどのステップに位置づけるかが明確になり、プロジェクトの設計図が完成した

📖 覚える用語

カスタマージャーニー(観光版)
第1話で観光の言葉に置き換えた5ステージ(知る→気になる→くらべる→決める→また来る)を、旅の道のりとして時間の順に開いたもの。「知る」から「惹かれる」「調べる」「予約する」「体験する」「共有する」までの6ステップで、ペルソナの行動を時系列に可視化し、各ステップで必要な施策を整理する手法。
タッチポイント
お客様が商品・サービス・地域と接触するあらゆる接点。SNSの投稿、友人の口コミ、公式サイト、予約サイト、パンフレットなどが該当する。カスタマージャーニーの各ステップに並べると、自分たちが中身を書き換えられる接点と、他社が運営していて手を出せない接点を切り分けられる。
📝 神谷の北村さんへの報告メモ
カスタマージャーニーの可視化
6ステップの枠に当てはめると、問い合わせが「どこで止まったか」を数えられるようになる。今後は問い合わせ記録を定期的にこの枠へ振り分け、止まる位置が先へ動いたかどうかを施策の効き目の目安にしたい。ジャーニーマップは一度描いて終わりではなく、繰り返し使う物差しとして手元に置いておく。
タッチポイントの現状
接点は「自分たちで中身を書き換えられるもの」と「他社が運営していて手を出せないもの」に仕分けると扱いやすい。前者は公式サイト、SNSアカウント、紙の媒体の3つで、どれも大きな費用をかけずに手を入れられる。手つかずのまま伸びしろが残っているとも言えるので、まずはこの3つについて誰がいつ更新するかを決めておきたい。
プロジェクトの設計図
担当範囲を絞ったことで、これから先の判断基準が一本になった。新しい案が出てきたときは「林田家が『知る』『惹かれる』に近づくかどうか」で採否を決められる。予約や宿泊の相談を受けたときに自前で抱え込まず、連携先につなぐ線引きも同時に決まったことになる。

まとめ

お客様の道のりを一本の線にして描くと、止まっている場所が見えてくる。止まっている場所がわかれば、何を作るべきかが決まる。全部を自分たちで抱え込む必要はない。得意な持ち場に集中して、最初の一歩を整備していく。