観光マーケティング実践コース
~第6話 AIにお願いする前に、自分の目で確かめる~
「全部紹介したい」という北村の思いを受け止めながら、神谷はスモールスタート(まず小さく始めて、うまくいったら広げるやり方)を提案した。宮本が整理した問い合わせの記録とペルソナ「林田家」の属性がともに指し示す方向——「ジャンボフェリーで行く屋島×うどん家族旅」の1ルートに、北村自身が決断を下した。
ペルソナの目線で歩く
1ルートに絞った翌日の朝。せとうちマーレブルの事務所に顔を出した神谷を、宮本が出迎えた。北村は事務所で別の仕事がある。今日は神谷と宮本の二人で、屋島エリアの現地取材に出かける。



【シーン】初夏の午前、屋島山上のやしまーる回廊。神谷と宮本が回廊を歩きながら、宮本がベビーカーの通れる幅を手で示している場面。 【ロケーション固定】kagawa_15a_yashimaru_corridor に厳密準拠。第一参照=master.png、第二参照=angle_sea.png。 【キャラクター参照】kagawa/characters/神谷悠馬設定画像.png、kagawa/characters/宮本彩設定画像.png。 【人物】神谷悠馬(27歳・男性、ネイビー系スーツ、白シャツ、ネイビー無地ネクタイ、黒い短髪、スマートフォンを片手に持ちながら宮本の説明を聴いている)。宮本彩(24歳・女性、ティール~海色のライトウィンドブレーカー、淡いライトブルーのポロシャツ、暖色系ダークチェスナットブラウンのミディアムヘアを青緑色のシュシュでポニーテール、両手を広げてベビーカーの通れる幅を示している、マスタードイエローのフィールドノートを脇に挿んでいる)。 【構図】床から天井近くまでの連続ガラスに沿って幅と勾配が変化する通路の上で、宮本が前方を指しながら両手で幅を示し、神谷がその説明に耳を傾けている。二人の背後にガラス越しの瀬戸内海と島々。頭上に小さな庵治石瓦が細かな水平列をつくる薄い波形屋根。 【小物】宮本のマスタードイエローのフィールドノート。神谷のスマートフォン。通路脇に現れる打放しコンクリートの曲面壁。 【ロケーション整合】kagawa_15a_yashimaru_corridor:床から天井近くまでの連続ガラス(細い縦枠+白い丸鋼管柱)と局所的な打放しコンクリートの曲面壁、小さな庵治石瓦が細かな水平列をつくる薄い波形屋根(銀灰~青灰色)、継ぎ目の少ないマットな灰色床で幅も勾配も変化する通路、ガラス越しの海と島と黄土色の中庭のビュー。 【色調】初夏の午前の自然光。瀬戸内ブルー基調。ガラス越しの海の青と庵治石の銀灰色が背景の主調。宮本のティールのジャケットが差し色。 【避ける】読める実テキスト、商標、実在ロゴ。他の観光客の顔。匿名シルエット以外の他人物の顔。
屋島山上のやしまーる回廊に着いた。庵治石のタイル屋根の下、曲面ガラスのカーテンウォールに沿って約200mの緩やかなスロープが続いている。
カーブの先がどうなっているか、歩いてみないとわからない。左右のガラスカーテンウォールを通して、外側には瀬戸内海の青と島影、内側には中庭の植栽が流れていく。自然光が回廊を満たし、二人の足音だけが床に静かに響いていた。宮本が足を止め、回廊の幅を両手で測るようにして確認した。


ベビーカーの通れる幅だけではない。スロープの途中にある休憩ベンチの数、手すりの高さ、日陰になる場所。宮本が指差すたびに、ガイドブックの写真からは読み取れなかった情報が増えていく。宮本はマスタードイエローのフィールドノートを開き、「回廊:スロープ幅○」「回廊:ベビーカー通行○」「トイレ位置:回廊中央」と素早くメモしていった。
回廊を抜けて、獅子の霊巌の展望台への小径に入ったとき、宮本が足を止めた。回廊のバリアフリーなモルタル床から、石段に切り替わっている。段差は急だった。


神谷がスマートフォンでペルソナカードを開いた。林田家の不安リストに「ベビーカーで回れるか」がある。


宮本がフィールドノートに書き加えた。「展望台ルート:階段あり(急)」「ベビーカー×(展望台ルート)」。回廊がバリアフリーだからといって、屋島山上全体がベビーカーで回れるわけではない。来てみなければわからなかった事実だ。
階段を上って展望台に立つと、瀬戸内の風が全身を包んだ。潮の匂いが混じった初夏の風だった。標高292mの断崖の上から見下ろすと、ガイドブックの写真で見る「絶景」と実際にここに立つことの距離が、言葉ではなく体で理解できた。風の強さ、日差しの角度、足元の石畳の熱さ——どれも画面越しには伝わらない。遠くに女木島と男木島の島影が海面に浮かび、はるか向こうに五色台の山並みが霞んでいた。


宮本のフィールドノートのページがどんどん埋まっていく。「展望台 階段あり(急)」「手すりあり」「抱っこ紐なら登れる」「ベビーカー×」「ベンチ2脚(日陰あり)」。観光サイトには写真と「瀬戸内海を一望」という一文しか載っていない場所に、これだけの情報が眠っていた。



神谷はスマートフォンで何枚か写真を撮りながら、頭の中でペルソナの林田家のお母さんになりきろうとしていた。4歳の子どもを連れて、ここまで歩いてこられるか。途中でぐずったら休める場所はあるか。お昼はどこで食べるか。漫然と観光地を歩くのと、ペルソナの目線で歩くのとでは、見える情報の量がまるで違った。
踊るうどん踏み
屋島を下りて、高松市内にあるさぬき体験工房へ向かった。廃業した製麺所を改装した建物だ。ガラスの引き戸を開けると、小麦粉と出汁の香りが鼻をくすぐった。ステンレスの作業台が3台並ぶ奥で、白い割烹着の男が黙々とうどん生地を捏ねている。店主の藤原耕介——北村と百貨店時代の同期で、うどん職人として独立した62歳の職人だ。
【シーン】初夏の午後、さぬき体験工房の体験スペース。藤原耕介が腕組みで見守る中、女子大学生3人組が音楽に合わせてうどん踏みをしている。笑い声と動きのある場面。 【ロケーション固定】kagawa_14_udon_workshop に厳密準拠。第一参照=master.png、第二参照=angle_beat.png。 【キャラクター参照】kagawa/characters/藤原耕介設定画像.png、kagawa/characters/観光客グループ(女子大学生3人組)設定画像.png、kagawa/characters/神谷悠馬設定画像.png、kagawa/characters/宮本彩設定画像.png。 【人物】藤原耕介(62歳・男性、白い割烹着風の作業着、紺色の丸首Tシャツ、肩に白地に藍色の波模様の手ぬぐい、ごま塩のショートヘア、太い眉、腕を組んで目を細めて見守っている)。女子大学生3人組(20〜21歳、裸足でビニールシートの上に立ち、音楽に合わせて笑いながらうどんを踏んでいる。1人はスマートフォンを片手に撮影、もう1人は両手を上げて笑っている、もう1人は夢中で踏んでいる)。手前に神谷と宮本が小さく映り、驚いた表情で見ている。 【構図】体験スペースの足踏みエリアを中心に。奥に藤原が腕組みで立ち、手前のビニールシート上で3人の女の子が笑顔でステップを踏んでいる。ビニールシートの中に、密封された抽象的なクリーム色の生地の塊が透けて見える。さらに手前の入口側に神谷と宮本が立ち、宮本が小声で神谷に何かを言っている。 【小物】足踏み用ビニールシート(透明~半透明、中にうどん生地の塊)。黒い業務用の天井埋め込みスピーカー2基(作業エリアの真上)と、右壁上方にブラケットで壁付けした黒いボックス型スピーカー1台。ステンレスの作業台。こね台(のし板)。 【ロケーション整合】kagawa_14_udon_workshop:ステンレス天板の作業台3台横一列+木製のし板+白い打ち粉+木製麺棒、さぬきビート足踏みスペース(約4×6mのオープンフロアにカラフルなテープの立ち位置マーキング4〜6箇所+透明ビニールシートに包まれた生地+壁掛けリズムモニター)、高い天井の鉄骨梁(ダークブラウン〜黒のH鋼3本)+黒い金属シェードの工業用ペンダントライト6灯、古材風木製テーブル2卓+木製ベンチ4脚の試食スペース、ガラス引き戸+上の木製看板+白い暖簾+入口横の受付カウンター。 【色調】工房内の温かい自然光。白・木・ステンレスの質素な工房に、女の子たちの明るい服と笑い声が彩りを添える。藤原の白い割烹着と手ぬぐいが工房の空気に溶け込んでいる。 【避ける】読める実テキスト、商標、実在ロゴ。女の子たちのスマートフォン画面の内容。音楽の具体的な楽曲名を示唆する要素。

短い挨拶だけで、藤原はすぐに作業台に戻った。余計な言葉はない。太い指が生地を練る音だけが、静かな工房に響いていた。宮本が小声で「いつもこんな感じなんです」と耳打ちした。
工房の中を改めて見渡した。天井の鉄骨梁からペンダントライトが6基ぶら下がり、温かい光を落としている。ステンレスの作業台にはのし板と麺棒が並び、壁際のスピーカーからは何も流れていない。奥の試食スペースの木のテーブルには醤油と七味と箸が整然と並んでいた。ガラスの引き戸は開け放たれ、工房の外から初夏の風が吹き込んでくる。小麦粉と出汁の匂いが混じった、この場所だけの空気だった。
工房の奥にある体験スペースでは、ガイドブックでうどん体験を見つけて予約してきた女子大学生のグループが、足踏み用のビニールシートの上に裸足で立っていた。天井の鉄骨梁からぶら下がるペンダントライトの下で、藤原が短い言葉でリズムよく指示を出す。

藤原の指導は丁寧だが、言葉は少ない。「力を抜いて」「かかとから」——それだけだ。女の子たちはスマートフォンを片手に写真を撮り合っていたが、しだいに会話が減り始めた。うどん踏みの「作業」が繰り返しになり始めたのだ。
そのとき——藤原がふいにスピーカーのスイッチを入れた。ポップスが工房に響き始める。説明はない。声かけもない。ただ音楽をかけただけだ。
女の子たちの足が、自然にリズムを拾い始めた。一人のステップが音楽に合い、身体が揺れる。つられてもう一人が笑い出し、三人目が声を上げた。ビニールの中のうどん生地が、リズミカルに形を変えていく。
「え、めっちゃ楽しい!」「これ動画に撮ろ!」——笑い声が弾けた。「おじさん、撮ってもいいですか?」と女の子のひとりが声をかけた。

藤原は手ぬぐいで口元を隠した。宮本が神谷の方に少し身を寄せた。





30年うどんを踏み続けてきた職人にとって、音楽をかけるのは「子どもが飽きないように」というささやかな工夫にすぎない。自分が何かを「作った」とは思っていなかった。
もっともらしいけれど、事実ではない
事務所に戻った神谷は、フィールドワークで得た手応えをAIの情報と照合してみることにした。
神谷はAIに「屋島周辺で未就学児連れの家族が1泊2日で楽しめるモデルコースを提案して。ジャンボフェリーで朝に高松東港へ着く前提で、屋島山上の散策とうどん体験を含めて、タイムスケジュール付きでお願いします」と入力した。数秒後、AIは流暢な文章でモデルコースを返してきた。駐車場情報、おすすめの飲食店、所要時間。どの項目も具体的で、自信に満ちた文章だった。一見すると、すぐにでも使えそうに見えた。




駐車場が有料であること、展望台への道に階段があること——どちらも、今日の午前中に自分の足で確認した事実だ。フィールドワークに出ていなければ、この回答を「便利だ」と思って使ってしまっていたかもしれない。
【種類】詳細検証表。AI回答・現地検証・一次情報の3列で、無料駐車場と全区間バリアフリーという回答を、有料・途中に階段ありへ訂正する2例を示す。
宮本の表情が曇った。声のトーンが低くなっていた。

静かな声だった。怒りではない。地元を間違った情報で紹介されることへの、抑えた抵抗がにじんでいた。
神谷は画面のAI出力を見つめた。以前、西園寺に教わった言葉が頭に浮かんだ。



モニターの中のAIの回答を改めて見た。一つひとつの文は、日本語として破綻がない。所要時間は分単位で区切られ、各スポットの説明には歴史背景まで添えられていた。だが今朝、自分の足で歩いた場所の記憶が、その整った文章の隙間にある事実との食い違いを浮かび上がらせていた。


【種類】詳細調査シート。準備から、見る・測る・聞く・感じるの4層を経て、事実・引用できる声・注意点・代替案へ整理する。
名前をつけたい



二人が顔を見合わせて笑った。
宮本のフィールドノートには、今日集めた一次情報がびっしりと書き込まれていた。「回廊:スロープ幅○」「トイレ中央」「展望台ルート:ベビーカー×」——やしまーるの回廊と展望台で確認した動線情報。「音楽で子どもが踊る」「体験時間約40分」「裸足OK」——さぬき体験工房で得た体験情報。どれも、事務所のパソコンの前に座っていただけでは手に入らなかったものだ。
窓の外では、初夏の陽が西に傾き始めていた。今日歩いた場所と出会った人を振り返りながら、二人はペルソナの林田家がたどるルートをノートに書き出していった。名前はまだ決まらない。でも、あの工房で女の子たちが踊り出した瞬間の空気は、確かにこの手の中にある。
宮本がフィールドノートの一ページを指さした。「音楽で子どもが踊る」たった一行のメモだが、今日の核心がここに凝縮されていた。ガイドブックにも観光サイトにもAIの回答にも、この一行は載っていない。自分の足で現場に立ち、自分の目で見て初めて書けた言葉だった。
📌 覚えるポイント
- ガイドブックやWebの情報だけでは、段差も動線もトイレの位置も、子どもが休める場所も分からない。制作に入る前に自分の足で歩く——このフィールドワークでしか手に入らない情報がある
- 「自分で見た・聞いた・確認した」情報だけが、出典をたどれない伝聞やAIの出力を疑うときの足場になる。一次情報とそれ以外を分けて記録しておくと、あとで事実の裏づけに使える
- AIが書いた観光情報は、そのまま載せると来訪者に実害が出る。バリアフリーでない場所をバリアフリーと案内すれば現地で困り、有料を無料と書けば当日もめる。ハルシネーションは意図的な嘘ではないぶん、書いた側が確かめるほかない
- AIに聞く前に、自分の足で歩いておく。体験があるから「この情報はおかしい」と気づける。順番を逆にすると、事実と食い違った記述をそのまま通してしまう
- 現場の人にとっての「当たり前」ほど、外から来た人間の目でしか価値に気づけない。藤原が「子どもが退屈しないように」とかけた音楽は、本人にとってはささやかな工夫でしかなかった
- 同じ場所を歩いても、ペルソナの目線に立つかどうかで見えるものが変わる。林田家のお母さんの立場で「ベビーカーは通れるか」「子どもが飽きないか」「トイレはどこか」と見て回ると、具体的な課題が拾える
📖 覚える用語
- ハルシネーション
- AIが存在しない施設や古い情報をもっともらしく生成する現象。観光情報では「バリアフリーでない場所をバリアフリーと案内する」「有料を無料と書く」など、来訪者に直接の実害を及ぼす。
- 一次情報
- 自分の目で確かめた、または公式に確認した情報。AIの出力やネットの二次情報と区別し、制作の事実の裏づけとして使う。
- フィールドワーク完了(屋島エリア+さぬき体験工房)
- やしまーる回廊と獅子の霊巌をペルソナの目線で歩き、ベビーカー動線・段差・トイレ位置を確認。さぬき体験工房では藤原さんの音楽付きうどん踏み体験を取材。ガイドブックに載らない体験価値を発見した。
- AIハルシネーションの検出
- AIに「屋島 家族向けモデルコース」を問い合わせたところ、有料駐車場を無料と回答し、展望台への道をバリアフリーと案内。宮本さんの現場知識で誤りを検出した。今後、AIの出力は必ず一次情報で裏取りする方針を確認。
- うどん踏み体験の仮称と次のアクション
- 藤原さんの音楽付きうどん踏み体験に「うどんダンダンダンス」の仮称をつけた。正式な命名は今後の課題。次は、今日の一次情報をもとにモデルコースの素案を作成する。
